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1.番台に座りたい男
「どうだ、俺様のヒップライン、最高だろ?」
隣席の田中くんにケツを向けて、制服のズボンを引っ張りあげているのは、同じクラスの赤垣章で、高校3年生とは思えない幼稚な言動を毎日懲りずに繰り返しているチャラい男だ。
確かに、すらっとした長い脚とその筋肉質な体型は素敵ですが、でもね、あんたのヒップラインなんてどうだっていいんです!
私の中で「バカガキ」という愛称で親しまれるこの男は、休み時間になると決まって隣の席にやってきて、参考書とにらめっこしている真面目な受験生の集中力を根こそぎ奪っていく。
ウェーブは昔からだったので天然らしいが、髪色は手を加えているのだろう。ズボンに片手を添えたまま、もう片方の手でゆるくうねった長めの茶髪をかきあげるバカガキ。
シャープな輪郭が歪むのを視界の隅で捉える私。
何か嫌な予感……。
濃い二重の目を細めて、「桐野夕紀さ~ん、ちらっとでいいから、こっち見て!」というような視線を向けてきそうな気配がむんむんするのだが……。
「構って欲しいみたいだけど、その手には乗らないからね」という気持ちで、華麗に視線をそらした私は、気を取り直して語彙集に意識を戻す――
厚顔無恥:厚かましく、恥知らずなさま。 他人の迷惑などかまわずに、自分の都合や思惑だけで行動すること。
傍若無人:人前をはばからず、勝手に振る舞うさま。他人を無視して、勝手で無遠慮な言動をする様子。
はいはい、どちらも既に頭に入っていますし、実例とも言える人物が私のすぐそばにいますから――
「オレのケツ、脱いでもすごいんだぜ!」
視界にちらつく紺色のケツ。耳に喰い込んでくるおどけた声。
それから、整髪料の匂いなのか、あるいは、シャンプーとかコンディショナーの匂いなのか、漂ってくるのは女性もののそれとは違う匂いで、不快ではないものの、おしゃれ男子特有の匂いゆえに、そっちに意識がいってしまって仕方がない……。
視覚、聴覚、嗅覚と3ヶ所から攻められたら、いくら集中しようとしたところで、どうしたって気が散ってしまう……。
つい出そうになったため息を飲み込み、「キミだって本当は迷惑なんじゃないの?」という気持ちで、眼球だけ動かして田中くんの顔色を確かめるも、案外、へらへら笑っていて楽しそうだから困ったものだ。
おい、バカガキ! マジでいい加減にして欲しいんですけど!!
そんなふうにはっきり苦情を言えれば苦労しないけど、バカガキとは気軽に苦情を言い合えるような仲でもないのだし、今は昼休み中であって、何をしようが基本自由だ。そもそも、ここは私の部屋ではなく、高校の教室、つまり公共の場なのだ。
よって、個人的なわがままが許されないのはわかっているから、悲しいかな、ぐっとこらえるしかないのだった……。
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