バースデー・イヴは終わらない

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あぁ、何ということをしてしまったんだろう。 どうしてあそこで、彼女を引き留めなかった? 何で余計なことを言ってしまった? 意地を張ってないで、見栄を張ってないで、少し引けばよかった。素直にただ頷いていれば、別れ話になんてならずに済んだはずなのに。 ……思えば思うほど、眠れない。本当なら今だって、隣にいたはずなのに。明日は誕生日だというのに、最悪だ。 失ってしまったぬくもりを取り戻そうにも、連絡手段はすべて拒否されている。対応が早いにも程があるだろうと泣きたくなるけれど、すべては自分の撒いた種だ。 胃がきゅうと痛くなって、思わず彼女が愛用していた大きな三日月型のクッションを抱いた。少し痛みを和らげてくれるかと思ったら、逆だった。 微かに残る匂いのせいで、彼女の記憶が蘇ってくる。何だこれ。嗅覚も痛覚も、今はいらない。感覚という感覚すべてが麻痺すればいいのに。脳の機能とともに。 己の不甲斐なさに苛立ちを隠せない。手当たり次第に当たり散らして、彼女の置いていった本を投げ飛ばした。何ページかが破れてしまったけれど、もう、謝る相手は戻ってこないつもりだろう。 「畜生……」 独り言なんて呟いたことはなかったのに。何を虚しいことをしているのだろう。 「今日1日をやり直せたらいいのに……」 三日月を抱えた腕と瞼に、勝手に力が入る。頭の中がくらくら、チカチカしてきた。 「もう一回チャンスをくれよ……頼むよ」 情けなく口に出すとまた、脳内が揺れて涙が出てきた。このまま眠って、朝になったら彼女が隣に戻ってきていればいいのに。そう思いながら意識を失う誕生日前夜は、この上なく気分の悪いものだった。 *** 耳馴染んだアラーム音で目を覚ました。すぐに己の目を疑った。隣に、彼女がいたからだ。 「……んー、おはよう」 「……お、はよう?」 「何で疑問形なのよ」 幻でも見ているのかと思わずにはいられない。が、そう言って笑う彼女は、紛れもなく本物だった。手を伸ばせば触れるし、当たり前のように温かく、柔らかい。昨日散々ケンカをして、別れ話をして、出て行ってしまったのは……、あれは、夢だった? スマホが示している日時も、俺の誕生日ではない。その前日だ。そうか、夢だったのとようやく納得がいった。やけにリアルな夢だった。モヤモヤは残っているけれど、とにかく現実じゃないならもう、それでよかった。 「いや、ちょっと変な夢見てて」 「そうなんだ。どんなの?」 「―― いや、もういいよ。それより、せっかくの日曜日なんだからさ……」 彼女の存在を確かめるように抱き寄せる。 縁起でもない話はしたくない。とにかくよかった、これで悔いのない誕生日を迎えられる―― そう、思っていたのに。 「もういい、やっぱり無理なんだよ。さようなら」 夢の中とまったく同じように、彼女は出て行ってしまった。茫然自失とはまさにこのことだ。寸分の狂いもない流れ、一言一句同じやり取りの果てだった。 あの後悔は何だったのか。反吐が出るほど情けない。 胃がきゅうと痛くなって、思わず彼女が愛用していた大きな三日月型のクッションを抱いた。少し痛みを和らげてくれるかと思ったら、逆だった。 微かに残る匂いのせいで、彼女の記憶が蘇ってくる。何だこれ。嗅覚も痛覚も、今はいらない。感覚という感覚すべてが麻痺すればいいのに。脳の機能とともに。 「畜生……」 独り言なんて呟いたことはなかったのに。何を虚しいことをしているのだろう。 「今日1日をやり直せたらいいのに……」 三日月を抱えた腕と瞼に、勝手に力が入る。頭の中がくらくら、チカチカしてきた。 「もう一回チャンスをくれよ……頼むよ」 情けなく口に出すとまた、脳内が揺れて涙が出てきた。このまま眠って、朝になったら彼女が隣に戻ってきていればいいのに。そう思いながら意識を失う誕生日前夜は、やはり、この上なく気分の悪いものだった。 *** 耳馴染んだアラーム音で目を覚ました。すぐに俺は、己の目を疑った。そして青ざめた。隣に、彼女がいたからだ。 「……んー、おはよう」 「……お、はよう?」 「何で疑問形なのよ」 嘘だろう、と、誰かに問い質したくなる。けれど当然、俺と彼女以外の誰もここにはいない。眼前で笑っている彼女は、手を伸ばせば触れるし、当たり前のように温かく、柔らかい。やはり紛れもなく本物だった。 恐る恐るスマホを見る。来るべきはずの日付ではない。過ぎ去ったはずの日付だ。 そんな馬鹿な。いったいどういうことなんだ。頭も心も、最早、混乱している以外の何でもない。けれど彼女は、都合2度ほど出くわしたあの朝の光景と同じように、訝しんで俺を見ているだけだ。 「……いや、ちょっと変な夢見てて」 「そうなんだ。どんなの?」 「いや……」 と口走ったところで気が付いた。このやり取りは、3度目だ。―― 嫌な予感が、脳裏を過ぎった。 試しにと、口を開く。好きだよと、言うつもりだった。俺の意思とは裏腹に、口をついて出たのは 「もういいよ」 という言葉だった。違う、そうじゃない。叫んだはずが、 「それより、せっかくの日曜日なんだからさ」 と、まったく違う言葉に変換されて喉から出てきた。 予想が確信に変わった。そんなつもりは皆無だというのに、身体が勝手に、彼女を組み敷いて情事を始めようとしている。声だけじゃない。四肢もすべて、制御命令とは異なる行動をとっている。 なぜだ。どうしてこんな目に。 俺は絶望した。やり直してもやり直しても、同じやり取りしかできない―― あの最悪な誕生日前夜を、何度も繰り返すしかないのだ。おそらく。 予想通り、台本をなぞるようなセリフと動きで彼女は出て行った。荒れ狂う以外に、俺にできることはなかった。古びた本が、視界の端に見えた。この後、破る本だということは分かっている。『Endless-Curse』というそのタイトルを見て、すべてを悟ってしまった。俺は再び、絶望した。
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