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朝、波打ち際で
朝、久しぶりに早く起きたので散歩でもしようと手ぶらで家を出た。外に出ると朝焼けがとても綺麗だった。そこで、東から昇ってくる太陽を追うように家から五分ほどで着く海まで散歩することに決めた。
海に着くと、波打ち際におじいさんが1人佇んでいた。その人は裸足で、手にはタバコを持って、海の方をじっと見つめていた。その表情はとても不安げだった。
僕は邪魔をしないようにおじいさんの斜め後ろにあったベンチに腰掛けた。
おじいさんは、何十分もそのまま海を見ていた。タバコは吸い終えてしまった様だがただずっと海の方をみて時々ズボンのポケットを気にしていた。
不意におじいさんの携帯に電話がかかってきた。おじいさんはビクッと身体を震わせて、ズボンのポケットからガラケーと呼ばれる2つに折りたたまれた携帯を出し、差出人を確認すると焦った様子で携帯を開いた。初め、おじいさんの声はとても強ばっていた。しかし、途中から声色が優しい雰囲気に変わった。
電話が終わり、携帯を再びズボンのポケットに入れると、安心した様子でこちらを振り返った。
僕に気づいたのか、僕に一礼してからサンダルを履き、急いだ様子で砂浜から去っていった。
その後、家に帰ると留守電が1件入っていた。20年前から昏睡状態でいつ目を覚ますか分からないと言われている祖母が目を覚ましたらしい。僕は急いで病院へ向かった。
一人暮らしを始めた僕の家から病院はとても近い。車を少し走らせた先に白い病院が見えてくる。急いで車を止めると、入口に母が待っていた。母に連れられ病室へ入ると、祖母はゆっくりとこちらに柔らかな笑顔を見せた。
それから3年後、僕は大学を卒業し祖母の家に卒業の挨拶をしに訪れた。車を止め玄関の前まで行くと、扉の前に波打ち際で会ったおじいさんがおろおろした様子で立っていた。僕が声を掛けると、おじいさんは驚いた様子でこちらを振り返り、そして目を見開いた。扉を開けないおじいさんを不審に思いながら僕は扉を開けた。すると、一緒におじいさんも家の中に入ってきた。
不思議に思いながらも、祖母が出てきたので挨拶をすると家にあがらせてもらった。
家の中には小さい仏壇が置いてあった。そこには、自分の後ろにずっと隠れているおじいさんにとても似ている男の人の写真があった。お茶を出してくれた祖母に聞くと、
「ああ、それは20年前に死んだうちのじいさんじゃ。」
と、言われた。僕は後ろを振り返った。後ろにいたはずのおじいさんはもうどこにも見えなくなっていた。
あの日、おじいさんが電話していた相手はもしかして……。
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