⑩ 『邂逅』

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⑩ 『邂逅』

 あの化け物騒ぎが一応の解決を迎えてから、一週間が過ぎた。  人を無差別に襲う謎の化け物が討ち取られたことにより、ナイムの街には平和が戻った。  夜間の外出禁止令も解かれ、街は以前の活気を取り戻しつつある。  だがレイは不機嫌な顔で、昼の巡回を行っていた。その傍らには、相棒のキールの姿もある。 「ああっ、面白くねぇ!」 「まったくもう。何度同じことを言っているんですか、レイさん」  キールに呆れ顔をされても、レイは苛立ちを抑えきれない。 「団長も苦渋の決断だったと思いますよ。自警団の体裁を保つ必要があるのは、レイさんだって分かっているでしょう?」 「分かっているに決まっているだろう、そんなことは。だが、ジェノの奴が余計なことをしなければ、こんな鬱屈とした思いをしないで済んだと思うと、腹が立って仕方ねぇんだよ」 「まぁ、僕もそれは同じですけれどね……」  怒気を含んだキールの呟き。  態度と表情に出さないだけで、キールが自分と同じように怒っていることを知り、レイは少しだけ落ち着きを取り戻す。  今回、ジェノが起こした背信行為に対して、自警団団長のガイウスは冒険者ギルドに対して抗議を行なった。  それに対して、この街の冒険者ギルドの最高責任者オーリンは、ガイウスに頭を下げた。だが、彼はジェノの主張の正当性も否定はできないとし、自警団に対して提案を持ちかけてきたのだ。  それは、今回の事件で何人もの人々を殺めた怪物を倒した手柄を全て自警団に譲る代わりに、ジェノと彼の仲間達の罪を不問にしてほしいとのことだった。  正直、ふざけた提案だとレイは思う。  もともと、あの化け物の手がかりを掴んだのは自分達だ。生憎とその場に自分は居合わせることはできなかったが、あの日の夕刻に現れた化け物を発見したのも自警団の仲間たちだったのだ。  仲間たちは人々を避難させ、その化け物と剣を合わせて戦ったのだという。つまり、その時点では、あの化け物は間違いなく本物だったのだ。  だが、戦いの最中に突如眩しい光が巻き起こり、目がくらんでいる間に化け物は逃亡を始めたのだという。  その光というのは、おそらくジェノの仲間の魔法だとレイ達は睨んでいる。そして、化け物の幻覚を作り出して自分たちを謀ったのだろう。  もっとも、どうやって化け物を一瞬で他に移動させたのかは分からない。  魔法という力は、数百人に一人程度の割合で発現する特殊な才能のこと。もっとも、それが仮にあったとしても、かなり厳しい修練をしなければ、その力を使用することはできないのだという。  その反面、魔法を修める事ができれば、常識的な物理法則を無視した力が手に入るらしい。  だが、生憎と魔法を使える者は自警団にはいないため、そんな漠然とした知識しかレイ達は持ち合わせていない。だから、ジェノの仲間――リットが何をしたのかは知りようもないのだ。   「それでも、あいつらが俺達から手柄を奪っていったのは紛れもない事実だ。何日も掛けて皆が懸命に走り回って、情報を集めて包囲網を引いて追い詰めた成果を、あいつは……」  レイは喉元まで出かかったその言葉を飲み込む。  結果として、自分達の団長は冒険者ギルドからの提案を受けた。だからこのことは、各員の胸に留めておかねばならないのだ。 『すまない。納得などできるはずがないことは分かっている。だが、堪えてくれ……』  拳を震わせながら、皆の前で頭を下げたガイウス団長の姿を思い出すと、レイはやるせない気持ちになる。  どれほどの激情を飲み込んだ末の決断だったか、痛いほど分かったからだ。  非常事態ということで、仲間たちは懸命に頑張った。だが、そんな過程などは、自分達の給金を決める議会のお偉いさんは評価してくれない。  まして、今回の非常事態への対応ということで金が掛かっている。それなのに、何の結果も出せませんでしたなどと報告するわけにはいかないのだ。  そんな事をすれば、間違いなく団長達は無能の烙印を押されて職を辞さねばならなくなる。そして、他の自警団メンバーも役に立たずの烙印を押され、ただでさえ少ない自警団の給金が更に削減される。  そんなことになれば、皆の生活が立ち行かなくなってしまう。  だから、仲間たちは誰一人として、団長の決断を責めなかった。だが、団長にこんな辛い決断をさせるきっかけを作った、ジェノに対する怒りはいや増すばかりだ。 「ちょっと。ねぇ、ちょっと! そこの自警団のお兄さん!」  不意に自分達を呼ぶ声が聞こえ、レイとキールは立ち止まって振り返る。  そこには、酷く激昂する老婆と彼女を宥める夫らしき老爺。そして、おそらくは孫なのだろう。幼い少年が、酷くばつが悪そうな顔で立ち尽くしていた。 「はい。どうしましたか?」  人当たりのよいキールが、レイに先んじて笑顔で応対するが、老婆は不機嫌な態度を変えることなく話し始める。 「ねぇ、<パニヨン>って名前の店が何処にあるのか教えて頂戴! この子にいくら聞いても教えてくれないのよ!」  思いもしない単語が聞こえ、レイは少し驚く。あの店の名前を怒り混じりで尋ねるとは、一体何があったのだろうと興味を惹かれる。 「ああっ、あのお店は大通りから少し離れているんで、分かりにくいんですよね。よければ、僕たちがご案内しますよ」  キールも自分と同じ気持ちなのだろう。老婆にそう申し出て、こちらに無言で合図を送ってくる。  レイは静かに頷き返す。 「あら、助かるわ。……ああっ、それと、迷惑ついでに、少しだけでいいから立ち会ってくれないかしら? もしかするとトラブルになるかもしれないから」 「トラブル? それは穏やかではありませんね。ここからあのお店までは、少し距離があるので、よければ何があったか、歩きながら僕たちに話してくれませんか? お力になれるかもしれませんから」  キールの申し出に、老婆は「ええ。是非お願いするわ」と少し表情を和らげたが、それとは対象に、少年が老婆の前に立ちはだかり、両手を広げて前進を阻止しようとする。 「待って! 止めてよ、お婆ちゃん」 「コウ、そこをどきなさい。私は絶対にその男を許さないわ。私の可愛い孫を危険な目に合わせるなんて、許せるものですか!」  コウと呼ばれた少年の懸命な訴えは、しかし老婆の怒りを増加させるだけだった。 「この子を、危険な目に? いったいだれがこんな小さな子にそんな酷いことをしたというのですか?」  キールのやんわりとした声での問いかけに、しかし老婆は激昂したまま答える。 「ジェノとか言う男よ。そいつが……」  老婆の口から出た思わぬ単語に、レイとキールは目を見開く。  そして、道すがら老婆達の話を聞いたレイは、三人のことをキールにまかせて、<パニヨン>に走り出すことになるのだった。
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