⑦ 『裏切り』

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⑦ 『裏切り』

 懸命に走り続けて、港の倉庫付近まで走ってきたレイは、倉庫の屋根を走る化け物の姿を見つけた。  化け物は、空中に不意に現れては襲いかかってくる鋭利な氷の塊に追われて、逃げ回っている。   「くそっ! やっぱり、あいつらの仕業か!」  怒りで頭が沸騰しそうになるレイ。  だが、あの化け物を倒すことが先決だと思い直し、レイは化け物を追おうとした。  しかし……。 「なっ、なんだ、これは?」  大道に突然炎の壁が現れて、レイの進行を阻む。  炎は凄まじい熱量で近づくものを阻むが、決して建物などを焼くことはない。  魔法に疎いレイにも分かるほどの馬鹿げた魔法技術の高さ。  それが誰の仕業なのかは明白だった。  ジェノの仲間の魔法使い、リットだ。 「おいおい、邪魔をするなよ。これから良い所なんだからな」  遠くにいるはずなのに、何故か頭の中に軽薄そうな男の声が聞こえてきた。その事でレイは自分の考えが正しかったことを確信する。 「ふざけるな、リット! 今すぐにこの炎を解除しろ! あの化け物は俺たちが懸命に追い詰めたんだ。あれを倒すのは俺達だ!」 「はっ、嫌なこった。お前らは、そこで指を咥えて待っていろよ。すぐに俺達が終わらせるからな」  その言葉を最後に、リットの声は聞こえなくなった。 「させるか、そんな事! あいつは、俺達が懸命に見つけ出したんだ! 俺達が仕留める。仕留めなければいけないんだ!」  レイは裏道に回り込み、倉庫街に向かおうとする。この街の土地勘ならリットより自分のほうが上のはずだ。  そして、ついに炎の壁がない道を見つけた。  レイはすぐさまそこに駆け寄るが、やはりそこにも炎の壁が現れてしまう。 「はい、おつかれさん。あいにくと俺は空を飛べるんでね。お前の動きなんて丸見えなんだよ」  また声が聞こえる。その人を小馬鹿にした声に、レイは悔しさで歯噛みする。  だが、そこでレイは、建物の上に立つ人間の姿を視界に捉えた。  リットではない。  倉庫の屋根の上に立っているそいつは、自分達と同じ制服を身にまとった黒髪の少年だった。 「くっ……。ジェノォォォォッ!」  レイはありったけの怒りと怨嗟を込めて、その名を叫ぶ。  その声に気づいたのか、ジェノは静かにこちらを向く。 「何のつもりだ、ジェノ! さっきの化け物の幻も、お前とリットの仕業か!」 「そうだ。お前達は下がっていろ。後は俺がやる」  ジェノはそれだけ言って、再びレイに背中を向ける。 「裏切るのか。裏切るのか、お前は! 手柄を独り占めするために、お前は!」  レイの激情に、しかしジェノは振り返りもせずに、 「お前は、俺を仲間だと思っていないと言っていたな。……俺も同じだ。お前たちを仲間だと思ったことはない」  その言葉を残して炎の先に消えていった。 「ふざけるな。……ふざけるな!」  絶叫するレイ。だが、彼にできるのはそれだけだった。  何人も近づけぬ業火の壁の前で、レイは自身の無力さを噛み締めて、何度も大地に拳を叩きつけるのだった。  一時間後、炎の壁が消えると、レイと彼を追ってきた自警団のメンバーは倉庫街に突入した。そして、彼らはすぐにそれを発見した。  血の池に沈み、事切れた巨大な猿のような化け物の死骸を。  頭部に剣を突き刺された痕がある。どうやらそれが致命傷のようだ。  しかし、すでにこの化け物を倒した人物の姿はなかった。 「…………」  自警団のメンバーは誰も言葉を口にしない。感情を押し殺して、ただ現場を確認、調査する。  口を開いてしまうと、怨嗟の言葉が漏れてしまうから。   「俺は、俺はあいつを許さねぇ……」  レイは血が滲むほどに両拳を握りしめて、そう決意する。  この場から立ち去ろうと、あいつの住処は分かっているのだ。この落とし前は必ずつけさせる。  それは、レイだけではなく自警団のメンバー全員の思いだった。
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