九 白寿(二)

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九 白寿(二)

 公祐が再び眼を開いたのは、陽光もかなり強くなった頃だった。  ゆさゆさと軽く肩を揺する温もりの暖かさにぼんやりと瞼を開けると、昨日、彼の世話をしてくれた少年が心配そうに顔を覗き込んでいた。 「お目覚めになりましたか」  にっこりと笑う笑顔は日の光のせいか幾分か温かく見えた。 「だいぶお疲れだったみたいですね。かなり汗をかいていらっしゃるみたいでしたので、お湯の用意をさせておきました」 「あ、どうも......でも下着が...」    公祐は昨夜、少年に指南されるままに下着を付けずに眠っていた。  改めて太陽の光の下で正気に戻ったような気がして、顔に一気に血が登った。 「お召しは洗濯をさせていただいておりますので、新しいのを用意しておきました」 「洗濯.......」  公祐は少年の生活感のある言葉にほんの少しほっとした。 ーあ、そうだ......ー  こっそりと尻の辺りに手を触れてみると、別段、傷のついている様子もない。 ー良かった、夢だったんだ...ー が、少年に促されて床から立ったとき、腹の奥にずきりと鈍い痛みが走った。 ーえ?......ー 「如何がなさいました?」  少年の言葉にふるふると頭を振り、不器用な笑みを作ってみせた。 「何でもないよ。......それより、名前を教えて」 「名前?」 「うん、君の名前」  少年がちょっと怪訝そうな顔を見せたが、すぐににこりと笑った。 「私は睦月と申します」 「昨日の子は?......あの料理とかお酒を運んでくれた子達」 「あぁ、皐月と文月ですね。なにかお気にかかることでも?」 「いや、別に......ここには女の子、いや女性はいないんだな......と思って」  公祐は、再び睦月少年に長い廊下を案内されて、脱衣場に辿り着いた。 「山の上ですからね。ご神域ですし......」  広々とした浴室で、睦月は公祐に石鹸と手拭いを渡して微笑んだ。 「ご神域?」 「えぇ......私達の守り神様のご神域です」  公祐はその時初めて、睦月少年が白い小袖に白い袴を付けていることに気付いた。そういえば、昨夜会った別な少年達も同じような服装(なり)をしていたような気がする。 「ここは神社なの?」  睦月はちょっと困った顔をして、でも可愛らしげにちょっと小首を傾げて答えた。 「まぁそのようなものですね......身を灌がれたら、ごゆっくりお湯を楽しんでください。霊泉からいただいてますから」 「霊泉?温泉なんだ......」 「えぇ」  公祐は、睦月少年の目線がちらりと右の下腹に走り、ふっとその瞳が光ったことに気づかなかった。  ともかくも、汗でベタついた身体を洗い、しっとりとした香りのする湯船に身を沈めた。  明るい光の下でぐるりと辺りを見回すと、やはり壁も床もかなりしっかりしてそうな板張りで、湯桶も湯船もやはり木造りで、浴室全体が良い香りがしていた。  窓は細い木の格子が嵌められ、その一本で蔀戸を押し上げる作りになっていた。 ー古風だな......ー  由緒のある神社なのかもしれない、と公祐は思った。観光地化はされていないが、地域には格式高い由緒のある神社が土地の人に護られて存在している、と祖父や大学の知人から聞いたことがある。 ーそういえば......ー  夢の中で若武者だった自分が助けられた刀鍛冶をー六郎さんーと呼んでいたが、公祐も大学の知人をー六郎さんーと呼んでいたことを思い出した。 ーそうだ、帰ったら六郎さんに訊いてみよう......ー  その人は、公祐の大学の研究員で、宮部六郎といった。確か史学科で刀剣の研究していたはずだ。  大学に入った当初、教室がわからなくてまごついていた公祐に優しく声を掛けてくれた。  度々言葉を交わすようになって、遠縁の親戚なのがわかってびっくりした。  曾祖父の末の妹が宮部家に嫁いでいるのだという。 『僕の実家は会津の刀鍛冶だった家でね。......いろいろ興味があるんだ』  長身で純朴そうな人懐こい笑みを浮かべて宮部は言っていた。 「お着替え、お持ちしました」  公祐は脱衣場からの少年の声に我れに還った。睦月少年よりは少し高い声。皐月少年だろうか? 「ありがとう」  風呂から上がり、渡された白い柔らかな布で身体を拭く。 「まだお召し物が乾かないので、これをお召しになっていてください」  渡されたのは、彼らが着ているのと同じような小袖に深い緋色をした袴だった。 「これ、女性のものじゃ......」 「いいえ。お客様用のお召しです。股が別れてますでしょ?」  手に持ってしげしげと眺めると、なるほど片方ずつ足が入るようになっていて、裾もまっすぐだ。 「着方がわからないよ」 「大丈夫ですよ」  皐月少年は手早く公祐に小袖と袴を着付けると、つぃ、と立ち上がって、睦月少年そっくりの笑顔で微笑んだ。 「主さまがお務めから戻られて、お待ちになっております」  
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