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十二 白寿(五)
その日の午後は庭......というより山を如月に案内してもらいながら公祐は色々な話を聞いた。
七草の剣の主は皆、奥州藤原氏の血を引く人達であること、継承は親から子へとは限らないこと。刀が次の持ち主を選ぶ、ということ。
「資質が無いものは刀の主になることはできないんです」
如月は山道の傍らに咲いていた小さな草花を手に取って言った。
「でも、俺はなにも特別な人間じゃないよ。たまたま祖父ちゃんが形見に残してくれただけだ」
「それでいいんですよ......」
如月はふふっと小さく笑った。
「七草の剣は霊剣ですから、人の世の欲が過ぎることを嫌います。それに剣にはそれぞれ性質や役目があります。公祐さんの撫子の剣は公祐さんの望みである平和で穏やかな気質の者を好みます。同時に親から子どもへ受け継がれていく剣なんです」
あれっ......と公祐は首を傾げた。
「俺は祖父ちゃんから譲られたんだけど......お前の守り刀だからって」
「そうなんですね......」
如月はやはり少し不思議そうな表情を見せたが、すぐにあぁ......と小さく呟いた。
「公祐さんは一人っ子ですか?」
「そうですけど......」
公祐の父は妻である公祐の母と別れてからずっと独りだった。幸い、祖父母が健在だったので、公祐は小学校を卒業するまで、祖父母に面倒をみてもらっていた。
「でしたら、剣はどちらにしても公祐さんが継承することになる。お父さまは、ご自身より公祐さんが守られることを願って、継承を譲られたんじゃないでしょうか?......或は継承できない何かの理由があったのかもしれません」
「何かの理由って?」
「それはわかりませんが......」
如月はちょっとばかり躊躇いがちに囁いた。
「私は公祐さんのお父様を存じ上げているんですよ。まぁそう親しくはなかったですが......」
「本当ですか?」
公祐はびっくりして如月を見上げた。
「まだ公祐さんがお小さい頃でしたかね。......ふとしたことでお知り合いになりまして、『僕は一人でも息子を守らなきゃいけない』って酔った席で仰有ってました」
琴子さんもお父さまの紹介なんですよ、という如月の言葉に公祐はほっと息をついた。
「あんな形で交通事故で亡くなるなんて思ってもみませんでした......」
葬儀の日にも焼香に来てくれていたのだそうだ。
ーどおりで話が早いはずだ...ー
「如月さんはご家族は.....?」
公祐はふっと気持ちが楽になったような気がして、つい軽く言葉を口にしていた。
「あぁ、私は孤児なんですよ。生まれてすぐ両親を亡くしましてね。先代に桔梗の主となるべく育てられたんですよ」
「あ......すいません。軽率に.....」
公祐ははっと口をつぐみ、下を向いた。自分の配慮の足りなさに自己嫌悪が噴き出してきた。
「大丈夫ですよ。先代も好い人でしたから......」
やはり骨董の目利きをしていて、丁寧に指導してくれて美大にも行かせてくれたのだ、という。
「それに、他の皆も似たり寄ったりです......東雲さんも苦労人です」
「そう......なんですか。『主さま』も?」
公祐の問いに如月はちょっと困ったような顔をして答えた。
「『主さま』に関しては、私は存じ上げないんですよ。私がここで『固めの儀』を行った時には既に今の『主さま』になってましたので......」
「え?」
目を丸くする公祐に如月が慌てて、付け加えるように言った。
「さすがに当時はもっとお若くて、はっきり言って姿は十歳くらいの子どもでした。当時から東雲さんが側についてましたが......」
「当時はって......何年くらい前なの?」
「十四、五年くらいになりますか......私も剣の主としては若輩なんですよ」
「へぇ......」
公祐は思わず舌を巻いた。美大を出てすぐでも、十四、五年前なら、今の如月は四十絡みということになる。
ーとても見えない......ー
どう見積っても三十歳そこそこの若々しさだ。それ以上に、『主さま』が自分より年上とはどうしても信じられなかった。
ー不老の薬でもあるのかしら......ー
そういえば、今朝、皐月少年は、霊泉の水で風呂を沸かしていると言っていた。
ーアンチエイジングの効果があるのかも......ー
世間に知れたら、それは大変なことになるだろう。ここの山の皆が慎重に警戒しているのも分かるような気がした。
後は、公祐の子どもの頃の話や学校の話で、なんとなく言葉を交わしているうちに、太陽がだいぶ斜めに傾いてきた。
「そろそろ戻りましょう。お支度もありますから.....」
如月はちらりと西の空をみはるかして、ぽん......と公祐の背を叩いた。
「大丈夫ですよ。いい人たちですから.....」
如月とともに館に戻った公祐は薄い薬膳のような粥を啜り、再び入浴を勧められた。
「お社に上がるので、潔斎しないといけないんです」
気の毒そうに今朝と同じような袴の衣装を着付ける睦月少年に、公祐は軽く笑い返した。
「大丈夫だよ」
昼に如月がかなりしっかり食べさせてくれた理由がよくわかった。
そして、公祐は夜中に近い時間になって、如月に誘われて、山頂近い社のある場所に向かった。
ーまだ、遠いのか......ー
片手に懐中電灯を持ち、懐にあの守り刀を抱いて、公祐は満天の星を見上げて何度も大きな溜め息をついた。
一歩進むごとにこの世から遠ざかるような不思議な不安に思わず何度も守り刀を握りしめた。
ーいったいなんでこうなったんだろう......ー
公祐は口の中で小さく呟きながら、如月の背を頼りに戻り道のない木の根道をひたすら辿って行った。
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