十三 七草衆(一)

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十三 七草衆(一)

 如月に導かれ、木の根道を抜けた後、二十段ほどの自然石の階段を登ると、ほんのりと灯りの点る建物が目に入った。 「ここ?」 「ここです」  懐中電灯で辺りを照らしてみると、大きな(いわや)に食い込むように拝殿らしき造りの建物が建てられており、その上は鋭く切り立った崖になっていた。上部を懐中電灯の灯りで探ってみてもかなり高い。  周囲の光景は暗がりで見えないが、公祐は夢に見た場所に似た雰囲気を感じた。 「ここ......もしかしたら......」 「そうです。頼衡さまと舞草(もくさ)の六郎が遮那王さまに匿われていた場所です」  如月が感慨深げに答えた。 「遮那王さまって、義経さんは死んだんじゃ......」  公祐の言葉に如月は小さく首を振った。そして、公祐の問いには答えず、公祐の背中を軽く押した。 「さぁ皆さんがお待ちですよ」 「あ、はい......」  先に立って引き戸を開く如月を肩越しに中を覗くと、岩壁に幾つもの灯りが点されていた。窟の内部を覆うように設えられた床には、毛氈の敷物が敷かれ、丸い藁の座の上に座る人達の姿が見えた。 「撫子の方、お連れ申しました」  如月が入り口で呼ばわると、一番奥、何やら幕のかかった前に座っている『主さま』がゆったりと頷き、やさり右脇に座を占める東雲さんが、言葉を発した。 「お入りなさい」 「失礼します」  公祐は、手前の三和土(たたき)で履き物を脱ぎ、示されるままに、『主さま』の真ん前に設えられた座に正座した。 「お刀を膝前に......」  ふと見ると、藁の座の前に小さな絹の座布団が置かれており、他の人達もそれぞれ、その上に守り刀を置いていた。  公祐が守り刀を置き、再び背を立てると、『主さま』が声を発した。 「これなるは、この度、撫子のお刀、白寿丸を継いだ(いぬい)公祐なり。皆の者、よろしゅう頼む」 「心得ました」 と返事を返したのは、『主さま』の左側に座った、少し年かさの男だった。  介添えの役のためか、如月は公祐のすぐ右側に座していた。 「改めて紹介いたす。我らは七草の剣を受け継ぐ者。遮那王さまに仕え、世を糺すをお役目とするもの。私は尾花の主、北澤秀峰(しゅうほう)と申す」  続いて東雲さんが、口を開いた。 「私は萩の主、東雲幸悦。主さまの後見を仰せつかっております」 その次に言葉を発したのは尾花の主の手前に座った、やはり四十くらいの男性だった。 「私は葛の主、西邑肇(にしむらはじめ)といいます。俗世の仕事は医師をしてますので、何かの折りにはご相談ください」   その向かいの青年が公祐の方を見て、にっこり笑って言った。 「僕は藤袴の主。名前は南方享一(みなかたきょういち)。浮き世ではスポーツトレーナーの仕事をしている。うちのジムに来てみる?」 そして、その隣には、たぶん公祐より若いであろう少年と、その後に威厳ある佇まいの老人が座っていた。 「僕は、(たつみ)祐太郎。能楽師の卵です。先日、師匠から女郎花(おみなえし)のお刀を継承しました」  お辞儀をする姿の礼儀正しさに公祐は一瞬、自分が恥ずかしくなった。 「最後になりますが、あらためて.....」  如月が公祐の方を向いて頭を軽く下げた。 「桔梗の主、如月雫樹(きさらぎしずき)と申します。浮き世の生業は美術商、『主さま』の執事を仰せつかっております。......公祐さん、皆さんにご挨拶を」  如月に促されて、公祐はおずおずと口を開いた。 「あの.......俺は、乾公祐(いぬいこうすけ)です。撫子?の守り刀を祖父から譲られました。普通の大学生......でした」 「でした......?」  北澤と名乗った男がふっと眉をしかめた。 「あの.......つい先日、父が亡くなって、大学を続けられるかわからないので......」  口ごもる公祐に、東雲が穏やかな笑みを浮かべて、言った。 「その事なら、心配ありません。公祐くんの学業を支援するよう、『主さま』から仰せつかって、既に手配済みです」 「え?いやそんな.....」  思いもかけない東雲の言葉に公祐はギョッとして、如月の方を見た。 「七草の衆は大切な存在ですからね。お互いに助け合うのが当然なんです」 「その通りじゃ」  如月の言葉に、北澤が大きく頷いた。 「わしは一線を退いてはいるが、相談には乗れるぞ」 「何を言ってるんですか、御大。御大の仕事に定年は無いでしょ」  西邑が半ば苦笑いしながら言った。 「え?北澤さんのお仕事って......」  目を白黒させる公祐に如月がこっそり耳打ちした。 「陶芸家です......」 あぁ......と公祐は頷き返した。そういえば、袴履きが妙に似合っている。  社のようなこの建物の中にいる人はみんな、朝に公祐がさせられような小袖に袴だった。色は濃い紫、紺、薄紫、青、緑......そして、公祐の隣の巽少年は、公祐のものより、やや薄い緋色だった。 『主さま』だけが純白の袴に、生成りの直衣(のうし)という襟の詰まった上着を着ていた。 「では固めの盃を.....」 と『主さま』が口を開くと、どこに控えめいたのか、睦月少年達がやはりいつもの姿で、三方に乗せた白い土器(かわらけ)の盃と銚子を運んできた。  次々に座の人達に盃を渡し、酒を注ぐさまを見ながら、公祐は、はっと我れに返った。 ーそうだ、ちゃんと言わなきゃ......ー 「あの......世を糺すって、俺.....いや、僕、そんな大それたことできません。僕、普通の人間ですから」  ただ、流れでここに来て、ここに座っているだけだ。  何も聞いていないし、正直、まだ訳がわからない。  如月や他の人々に臆しながら、しかしはっきりと言った。  すると、南方がははっ......と笑いながら言った。 「何も特別なことをするわけじゃないよ。自分の生業に真面目に取り組めばいいだけだ。乾さんなら学業かな......?それが世を糺す第一歩だからね」 「そうそう、別に取り立てて特別なことをする必要は無いんだよ、今は......。自分の守りの刀と親しく、真面目に日々を送ればいいだけだ」 「そう......ですか」  東雲の言葉に公祐はホッと胸を撫で下ろした。 「あぁ、それと......」 『主さま』がふっと思い出したように口を開いた。 「我れには、対になる護り人がいる。直接に君たちと関わることはまず無いが、固めの盃ゆえ、同席している」  ふっ......と『主さま』の背後の幕が揺れた。灯りに浮かび上がった輪郭の影はかなり大柄だ。  『主さま』が幕の裾から酒を満たした土器(かわらけ)を幕の中に差し入れると大きな手がそれを受け取った。 「では、皆の結束と弥栄を願って......!」 「弥栄を!」  盃を掲げて飲み干すと、皆、再び守り刀を懐に仕舞い、『主さま』に頭を下げて、座を立った。  公祐も如月の誘導に従ってそれに倣った。 「さあ、戻りましょう」  闇にきえていく人々の背中を追って、公祐も如月に続いた。......が、ふと振り返って、社にまだ灯りが残っていることに気づいた。 「あれ『主さま』は......?」  前を歩く中に、あの白い装束は見えなかった。 「まだ、斎主としてのお役目があるんですよ。遮那王さまに、ご報告するんです」 如月は背後の灯りをみつめながら厳かに言葉を紡いだ。 「遮那王って......源義経さん?」  公祐の問いに如月は軽く頭を振った。 「義経公は遮那王さまの仮の姿。御本体は鞍馬の魔王尊のお子です。義経公が亡くなり、現世の肉体を離れた後は、このお山に宿って、人々の行く末を見守っておられます」 「そう......なんだ」  公祐は素直に頷いて、如月の後をついて歩いた。  怪しげな、疑問に思うことは多々あったが、今ここでそれを問うてはいけない気がした。 ーいいや......。東京に帰ってから、調べてみようー  宗教団体とかだったら、ググれば出てくる。  とりあえず命は無事な状態で下界に帰れることに、公祐はホッと息をついた。
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