十五 波乱

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十五 波乱

 二度ほどパーキングエリアで休憩をして、公祐を乗せた車が家の近くまで戻ってきたのは昼過ぎだった。 ーあれ?......ー  公祐の家の前に見知らぬ黒い車が止まっていた。 ー葬式の時のあの男だろうか......ー  公祐は一瞬、顔をひきつらせ、息を呑んだ。が、 「一緒に行きましょうか?」 と如月の申し出に小さく首を振った。 「これ以上、ご迷惑をかけるのは......」  だが、車のそばでやり取りしているふたりの姿を見つけて走り寄ってきたのは、叔母の琴子だった。 「あ、公ちゃん帰ってきた。良かった......」  琴子叔母は心底ホッとした顔で車から降りたばかりの公祐の体を撫で回した。 「叔母さん、留守番ありがとうございました。これ......」 「あ、ありがとう」 「琴子さん、ご迷惑をおかけしました。公祐さんに是非会いたいという方々がいらっしゃいまして......」  公祐が土産を渡して、如月が車の中から声を掛けると、瞬時に琴子の顔が弛んだ。 「あ、いいんですよ。それは.....」  琴子は笑いながら手を振り、だがすぐに眉をひそめて公祐に耳打ちした。 「公ちゃん、警察の人が来てるわ......」 「轢き逃げの犯人、見つかったの?」  公祐の父親は勤め帰りに突っ込んできた車にはねられたのだが、その犯人はまだ逃亡したままだった。 「わかんないけど......公ちゃんにお話があるんだって。今朝からお待ちなの。......差し支えなければ、如月さんも同席してくださらないかしら」  「叔母さん.....」 「琴子さんて呼びなさいって言ってるでしょ。ね、如月さん、お願いします」  琴子は、公祐の存在を半ば無視するように、車の中の如月をすがるような眼で見た。 「いいですよ」  如月が家のパーキングスペースに車を入れるのを待って、三人は玄関を入った。 「お待たせいたしました。僕が乾公祐ですけど.....」  応接間でソファーに座っていたダークスーツの男性がふたり、さっと立ち上がって頭を下げてきた。 「警視庁の時葉(ときわ)です。お忙しいところをすいません」 「同じく松原です。乾さんにちょっとお話を聞きたいと思いまして......」  公祐は眼光鋭いふたりの圧に少しばから気圧されながら、とりあえず座ってもらった。 「どういうお話なんでしょうか......」  お茶を淹れにいった琴子叔母の代わりに如月が公祐の隣の一人掛けのソファーに座った。 「まず、この方をご存知ですよね.....?」  時葉が一枚の写真をポケットから取り出して、公祐の前に置いた。    そこに写っているのは、中年くらいのひとりの女性だった。なんとなく自分に似ている気もしたが、公祐は頭を巡らせたが、知り合いにはそういう人は思い当たらなかった。 「知りませんけど......誰なんですか?」  公祐の言葉に、警察の男のほうが、ちょっとビックリした顔をした。 「坂下美和子さん......あなたのお母さんです」 「......え?」  言葉に詰まる公祐に、お茶を運んできた琴子叔母が助け船を出すように男達に言った。 「美和子さんは公祐が五歳の時に家を出てそれきり会いにも来ないし、音信不通だったから、公祐は顔を覚えていないかもしれません」 「そう...ですか」  松原がふうぅと重い息をついた。 「その人が、母がどうかしたんですか?」  記憶にも無い人を母と呼ぶにはなんとなく違和感はあったが、公祐はあえてその言葉を使った。 「一週間ほど前に亡くなったんです。突然に......。場所は沖縄のリゾートホテルでした。それで事件と事故の両方で捜査しておりまして.....」  刑事......らしい男の言葉に公祐はピクリと頬を震わせた。 「一週間前なら、僕、アリバイあります。大学にいました」  そう、大学の講義を終えてバイトに行って...帰宅した途端に、父親の事故を知らせる電話が入ったのだ。 「それは大丈夫です。裏が取れてますので.....」 「じゃあ......」 「亡くなる前に息子の公祐さんに何か連絡を取っていないかと思いまして.....」 「何も無いです」 「そう......ですか。実は美和子さんは亡くなる前にかなり怯えていたようなので、何かご存知ではないかと思いまして......」 「何も......」  その時、琴子があっ......と声をあげた。 「どうなさいました?」  時葉が言葉を掛ける前に琴子が堰を切ったようにまくし立てた。 「あの人、兄さんのお葬式の時に来た......」 「あの人?」  琴子の言葉に松原の顔がぴしりと締まった。 「あの......父親の葬儀の時に押し掛けてきた男がいたんです。ヤクザみたいな感じの.....俺の母親が借金を押し付けて男と逃げたから、代わりに金を寄越せって......」 「どんな男でした?」  時葉がずいと膝を乗り出してきた。 「確か.......名刺を受け取ってます。ちょっと待っててください」  公祐は四人を置いて、喪服を掛けっぱなしにした居間に向かった。  案の定、喪服はそのままで......だが、父親の遺骨はきちんと棚に置かれ、花と菓子と線香が手向けられていた。 ー叔母さん、ありがと......ー  公祐は口の中で呟きながら、喪服のポケットを探った。やはりあの時、あの男がポケットにねじ込んだ名刺はそのままだった。公祐はその小さな四角い紙を片手に応接間に戻った。 「この人です......」  公祐が差し出した名刺を見て、二人の刑事の顔色がサッと変わった。  そこには、 ーコウジンファイナンス  代表 荒巻 大輔ー と、それだけが印刷され、裏には走り書きの電話番号があった。 「これは......!松さん!」 「うん......」  刑事達は顔を見合わせると、おもむろに公祐に向き直った。 「乾さん、落ち着いて聞いてください。......我々はお父様、乾啓祐さんを轢き逃げした車の持ち主を掴んだんですが......」 「えっ?......誰なんですか?」  身を乗り出す公祐に時葉が眉をしかめて言った。 「高木信夫という荒神会......反社会的組織、つまりは暴力団の下っ端の男でした。この名刺の荒巻大輔というのは、その組織の幹部です」 「え......ええっ?!」  そこにいた全員の顔がひきつった。 「じゃあ......もしかしたら、オヤジは事故でなく.....」  公祐の言葉に時葉が大きく頷いた。 「殺人の可能性があります。.ただ......」 「ただ?」 「この荒巻も高木も死んでるんです。三日前に......。対抗組織の抗争と私達は見ているんですが、組の事務所で惨殺されていました」 「ざ...ん...殺?」 「ええ。鋭利な刃物でバッサリと......何ヵ所も切り刻まれて絶命していました。他の組員も.....」  倒れそうになった琴子叔母を支えて、如月が口を開いた。 「生き残っている人はいないんですか?」 「いませんでした......失礼ですが、あなたは?」  松原の目が鋭く如月を見た。 「あぁ、美術商の如月といいます。......父上とお知り合いだったご縁で、ご相談をいただきました」 「そうですか......」  時葉は素っ気なく答えて公祐に視線を移した。その瞬間、如月の口元がわずかに歪んだことに時葉も松原も気付かなかった。 「乾さん、お母さんー坂下美和子さんの件も荒神会絡みかもしれません」  二人は今一度、顔を見合わせると、スックとソファーから立ち上がった。 「我々はこれで失礼しますが、何かあったらすぐご連絡ください」 「何かって?」 「もしかしたら......事件に巻き込まれているかもしれません。念のため、警護の者を手配します」  キョトンとする公祐に二人の刑事はそれだけ言って、そそくさと公祐の家を後にした。 「事件て......」  家の中に残されてオロオロする琴子の手を如月が軽く握って、言った。 「大丈夫です。私もお力になります.....」 ータラシだな......ー  公祐は小さく呟いて、玄関から出ていく如月の背を見送った。 ー白寿.....だっけ?俺を守ってくれるよね?!ー  公祐はあの守刀をショルダーバッグから出して居間の棚にしまい、ポンポンと柏手を打った。 「公ちゃん、ひとりで大丈夫?」 「大丈夫だよ」  夕方、食事を作って自宅に戻る叔母を見送って、公祐はカチリと玄関に鍵をかけた。  雨戸も閉め、戸締まりに抜かりはない。 ー疲れた.....ー  公祐は三日ぶりの自分の部屋で大きい息をついた。      
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