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十六 舞草の六郎(一)
翌朝、公祐はあの守刀をショルダーに入れて、大学へと向かった。昨晩、メールを入れておいた宮部六郎から、研究室で会おうという返信が来たのだ。勿論、詳しいことは書いていない。というか、書ききれなかったので、ー相談したいことがあるーとだけ、メールした。
「あれっ?」
出掛けに外にある郵便ポストから溜まっていた郵便物を引き出して、公祐は首を傾げた。普段ならダイレクトメールか請求書しか入っていない中に、白い手書きの封筒があったのだ。
宛名は公祐あてで、裏返して確認した差出人の名は、坂下美和子ー刑事から聞いた母親の名前になっていた。
消印はちょうど一週間前ー母親が亡くなったというその日だった。
ーなんだろう......ー
ふと不審には思ったが電車の時間がギリギリになっていた。公祐は他の郵便を玄関先に投げ込み、その封筒だけをバッグに入れて家を出た。
「失礼します。宮部さんいらっしゃいますか......」
宮部六郎の研究室は、キャンパスの外れ、校内の文化財収蔵庫の二階にあった。
博物館特有のカビ臭い空間にある古ぼけたドアを叩くと、長めの髪を後ろでくくった猫背気味の男が、ドアの隙間から懐こい顔を覗かせた。
「あぁ、公祐くん、入って」
男ー宮部六郎は、様々な書物や資料らしきものが乱雑に置かれた室内に公祐を招き入れた。
「今日は教授は出張で留守だから、気兼ねしないで。......お茶でいいかな?」
「あ、ありがとうございます」
六郎は部屋の片隅の冷蔵庫からペットボトルのお茶を二本取り出し、片方を公祐に手渡した。
「で、相談て......?」
六郎は、ペットボトルの蓋を回しながら、軽く公祐に笑いかけた。が、公祐の言葉にピタリとその手を止めた。
「父が亡くなりました......。交通事故なんですが、轢き逃げされて......。昨日、警察の人が来て、殺されたかもしれない......って」
「どういうことなの?」
公祐は、父親が亡くなったこと、葬儀の席にヤクザのような男が押し掛けてきたけど、その男も既に死んでいること、そして母親らしき人も一週間前に不審死した.....ということを出来るだけ端的に伝えた。
「それは......大変だったね。で、学校はどうするの?まさか辞めるの?」
六郎は眉をひそめ、冷たく冷えた茶をグビリと飲んだ。
「それが......」
公祐は、守刀の件で如月と山へ向かったこと、そこで『主さま』という青年と六人の男達に会ったことを六郎に話した。
「舞草の七草八剱か.......本当だったんだな」
六郎は公祐の話をひと通り聞き終わると、う~んと唸って、腕組みをしてしばらく天井を睨んでいた。
そして、なにかを思い詰めたように言った。
「で、その刀は?」
「今、持ってますけど......」
公祐が錦の袋をバッグから出そうとすると、意外にも六郎がそれを手で制した。
「今は出さなくていい。......今日、うちに......いや、君のお宅に伺ってもいいかな?......お父さんに線香もあげたいし......」
「あ、はい......お願いします」
公祐は内心、ホッとして頷いた。正直、昨日の話を聞いてから、一人で家にいるのは少し怖かった。
「じゃあ、今日の授業は何限まで?......終わったら、カフェテリアで待ち合わせよう」
「はい。ありがとうございます」
公祐は、頭を下げ、六郎にもらったお茶のペットボトルを片手に研究室を出た。
三時過ぎ、約束のカフェテリアに行くと、六郎が何やら資料のようなものを片手にコーヒーを啜っていたが、公祐の姿を見るとそそくさと立ち上がった。
「お待たせしました.....」
「大丈夫だよ、さぁ行こう」
六郎は、性急に公祐を促し、職員専用の駐車場に停めた愛車に公祐を乗せた。
「六郎さん?」
訝る公祐に、六郎はバックミラー越しに様子を窺いながら、短く言った。
「見張られてる」
「えっ?」
公祐は一瞬ドキリとしたが、昨日の松原の言葉を思い出した。
「あ、昨日、警察の人が、警護を付けてくれるって.....」
「違うな」
六郎は、エンジンキーを回しながら、口元を小さく歪めた。
「じゃあ、ヤクザ?」
「それも違う」
六郎は一瞬青くなった公祐に、宥めるように付け加えた。
「とにかく話は君の家に付いてからだ......コンビニで何か買って行こう」
六郎は大学の駐車場を出ると、慎重に辺りを窺い、回り道をしながら、コンビニ弁当とお菓子と飲み物を買って、公祐の家へと向かった。
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