十七 舞草の六郎(二)

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十七 舞草の六郎(二)

 自宅に戻った公祐は、まず六郎の指示のもと、完璧な戸締りを済ませ、居間の座卓の前で六郎と向き合った。  部屋には六郎が父のために手向けてくれた線香の香りがかすかに漂い、公祐は改めて父の死が切なくなった。 「じゃあ、拝見させてもらうよ......」  六郎は座卓(テーブル)の上に分厚いネルの布を敷き、その上に白い晒しを敷いた。  マスクをかけ、白い手袋をはめて、錦の袋の中からそっ...と守刀を抜き出した。  そして、丁寧に柄と鞘をひとしきり検分すると、ゆっくりと鞘を払った。  柄を持ち、まず刀身をひとしきり見つめる。 「公祐くん、手入れの仕方わかる?」 「いいえ.....」  公祐は六郎に言われて、やはり白いマスクをかけた顔で、小さく首を振った。 「じゃあ教えるから......」  六郎は鞄の中から塗りものの大きめの箱を取り出して、刀を乗せた布の脇に置き、蓋を開けた。  中を覗き込むと折り畳んだ懐紙の束と白い粉の入った器、油の小さな瓶と白い布、短い柄のついたぼんぼりが入っていた。 「こうして、まず刀身の古い油や汚れを拭って......」  六郎は丁寧に説明しながら、刀身の汚れを拭い、ぽんぽん......と打ち粉をはたいてまた拭い、油を染ませた布ですっと刀身を撫でた。 「打ち粉は付けすぎず、油を引くときは手を切らないように気をつけてね」  手際よく刀身の手入れを済ませた六郎の手が、目貫を外し目釘を抜いて、慎重に刀の拵えを外した。 「この(なかご)は......間違いなく、舞草(もくさ)刀だ。それに銘ではなく、草花の線刻......。まさか......」  食い入るように刀を見る六郎は既に目の色が変わっていた。 「まさか......って?」  キョトンとする公祐に六郎は興奮を押さえきれないという体で掠れた声で囁いた。 「舞草(もくさ)の七草八剱......伝説の霊剣.....本当にあったんだ」 「六郎さん、知ってるんですか?」  公祐があの山の上の社で『主さま』に聞いた言葉ーパソコンでどんなに検索をかけても出てこなかった言葉が六郎の口から漏れた。  驚いて身を乗り出す公祐に六郎は深く頷いた。 「舞草(もくさ)の七草八剱というのは、奥州藤原氏が鎌倉の源氏に滅ぼされた時に、辛くも逃げて生き延びた藤原頼衡が、遮那王の御霊の啓示を受けて、舞草(もくさ)の刀工、六郎太とともに打った霊剣なんだ。秋の七草の彫られた七振りの短刀と一本の小太刀......それと影刀と言われる長脇差しくらいの刀がある」 「六郎さん、なんで知ってるんですか?......ていうか、それだと九本ですよね?」 「影刀は数には数えない。六郎太が弁慶の御霊に乞われて、後から独りで打ったからね。遮那王の小太刀の影、弁慶の薙刀から作られた刀は無銘で、(なかご)に不動明王の梵字が彫られている。......俺の家に伝わる古文書にはそう書かれていた」 「六郎さん家の古文書?」 「俺は、舞草(もくさ)の六郎太の子孫なんだよ。大学の研究室にいるのも、舞草(もくさ)刀の研究のためなんだ」  苦笑いする六郎に、公祐は言葉も出なかった。六郎は如何にも感慨深げに公祐をじっと見つめ、言葉を継いだ。 「七草八剱の一本が......しかも六郎太にとって一番大事な撫子の剣が公祐くんの家に伝っていたなんて......やはり縁というか役目というのはあるんだね」 「役目......ですか?」 「そう。伝説だけど、他の六本の短刀も遮那王の小太刀も弁慶の影刀も遮那王の御霊が持ち去って、頼衡と六郎太の手元に残ったのは『撫子』の剣だけだったんだ。二人はそれを家宝として大事に伝えてきた......ってわけだ」  六郎の言葉に、ん?と公祐は首を傾げた。 「二人は......って、頼衡と六郎太はその後も一緒にいたんですか?」  六郎は、うん.....と頷きながら、話を続けた。 「全ての刀を打ち終わってしばらくして、二人は山を降りたんだ。そして身分を偽って、ある村に定住した。藤原氏の人達の隠れ里にね。六郎太は死ぬまで、頼衡の従者として仕えた。さっきみたいに霊剣の世話をするために、ね」 「そう......なんですね」  公祐もふうっ......と大きな息をついた。 「それじゃ、俺が六郎さんに刀のことを相談したのは間違いじゃなかったんですね.....」 「そうだね」 と、六郎の厳つい顔がにっと笑った。そして真顔になって呟くように言った。 「それにしても......公祐くんが行った山というのが、気になるね」 「何故ですか?」 「古文書の中に記述があってね、七草八剱は霊剣であり魔剣でもある......って、遮那王の意に沿わない者が持ったり、誤った使い方をすると、持ち主に不幸が振りかかる.......って」 「不幸?」  公祐は父や母の死がいきなり自分の中で迫ってくるのを感じた。 「でも聞いた範囲では、君は撫子の刀と契りを済ませたんだろ?」 「はい.....」 「それは遮那王が君を所有者と認めたってことだよ。七草八剱に宿る刀精は遮那王の分け御霊とも言われてるんだ。うちの文書では......だけど」 「そう......なんですね」  公祐はホッと胸を撫で下ろした。が、六郎はなお眉をひそめて、囁いた。 「だが、間違って伝承されたこともあって、七草八剱を持つ者は天下を取れる.....と言われたこともあるらしい」 「天下......?」 「明智光秀とか......ね。彼が持っていたのは桔梗の剣だったらしいけど」  あぁ......と公祐は何とはなしに合点がいって、頷いた。 「そういう誤解をしてるヤツが剣を探しているかもしれない。用心しないとな.....」 「山で会った人達は大丈夫そうでしたよ?きちんとした社会人でしたし.....」 「ならいいけど......」  六郎は刀を元の姿に戻し、錦の袋にしまって、元の棚に仕舞うように公祐に言った。 「用心はしたほうがいい。霊剣がどんな目的で作られたのかは、わからないんだ.....」 「そうなんですか......」  公祐はあのやくざ者のことを思い出して身を震わせた。  玄関のインターフォンが鳴ったのは、その時だった。
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