十八 舞草の六郎(三)

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十八 舞草の六郎(三)

 玄関のインターフォンの音に、公祐はピクリと身を震わせた。 「誰だろう......?」 「ネットで買い物とかは?」 「してません......」  ふたりは顔を見合せ、ごくりと生唾を飲んだ。 「俺が出ようか......」  公祐は青ざめながら、だが首を振った。 「大丈夫です。警察の人かもしれませんし......」  よろよろと立ち上がる公祐に、六郎が心配そうに後をついてきた。  旧式でドアフォンのついていない乾家では、相手を確かめるためには、ドアの小さな覗き穴から外を覗くしかない。  公祐は履き物を音をたてないように突っ掛けて、三和土(たたき)に降りた。  外は既に暗くなっていてよく見えない.......が、ドアの穴から僅かに見えた顔には見覚えがあった。 「どちら様ですか.....」  おそるおそる掛けた声に、穏やかな声音が答えた。 「東雲です。.......山でお会いしました。ここを開けていただけませんか?」  ドアを開けると、上品だが嫌みの無いスーツを着こなした紳士然とした東雲が立っていた。 「お邪魔してもよろしいですか?」 「来客なんですが.....」  背後を振り返った公祐に、六郎が、大丈夫、と頷いた。 「どうぞ......」  慌ててスリッパを揃えて招き入れた公祐の後ろで、六郎が辺りを窺いながら施錠した。 「今、お茶をお持ちしますから......」 「お気遣いなく.....」  東雲は、勧めたソファーに軽く腰を下ろしながら、お土産です、と高級ブランドの菓子を手渡し、傍らに立っていた六郎に目線を走らせた。 「こちらの方は?」 「大学でお世話になっている、遠縁の方です。宮部六郎さん.....」 「宮部です。舞草(もくさ)刀の研究をしています」 .「舞草(もくさ)刀の.....」  東雲の頬がピクリと動いた。公祐は気づかない素振りで東雲に話し掛けた。 「今日は何か......」 「如月くんから報告を受けまして.....」  六郎が気をきかせてお茶を淹れにキッチンに向かったのを確かめて、東雲は言葉を続けた。 「『主さま』がたいそう心配しておいでで......」  あぁ、と公祐は昨日の光景を思い出した。 「私どもでセキュリティのしっかりしたお住まいを用意させていただきたい。......こちらは戸建てのお家ですし、周囲にお住まいの方も高齢者が多いようなので。勿論、通学にも至便なところを......」  東雲の言葉に、公祐はさすがに驚きを通り越して、硬直した。 「えっ......いや、お会いしたばかりの方にそんなことまでしていただくわけには.....」 「七草衆は、互いに助け合うよう、『主さま』から仰せつかっております。私どもに出来ることは如何様にでも.....」 「見返りはなんなんですか?」  傍らから六郎がお茶を差し出しながら、冷ややかな声で言った。 「六郎さん......」 「公祐くんからは訊きづらいでしょうから、身内として念のために僕から伺います」  六郎は公祐の後ろに立って、睨むように東雲を見た。 「公祐くんから聞きましたが、大学の学費とか....住まいの話まで、昨日今日会ったばかりの他人がおかしいとは思いませんか?」 「君......失礼じゃないのか?君にはわからない、関わりの無いこともあるんだよ」  心なし声を荒げる東雲に公祐は慌てて宥めるように言った。 「あの......六郎さんは、七草八剱の事をご存知なんです。舞草(もくさ)の六郎太の子孫で......」 「六郎太の?」  東雲がわずかに驚いたような声をあげ、がすぐに落ち着きを取り戻して続けた。 「ならばお分かりでしょう。我々は、七草の剣の主は定められています。剣が他の者の手に渡らないように、主と剣を守るのは、年かさの七草衆の務めです」 「務め......ねぇ」  六郎は尚更、声の温度を低めて、続けた。 「つまりは、公祐くんが撫子の剣を手放さないよう、囲い込みたいわけですよね、『主さま』......は」 「囲い込む......って」  キョトンとする公祐の側に膝をついて、六郎が言った。 「公祐くん、君さえ良ければ、お父さんの納骨が済んだら俺の家に来ないか?.....俺達は親類なんだし、家はオートロックのマンションだ。セキュリティは心配ない?。俺は独り暮らしで部屋も余ってる」 「六郎さん?」  ますますキョトンとする公祐の肩を抱くようにして、六郎が続けた。 「学費も、俺の親父が残したものがある。公祐くんが卒業して一人前になったら、少しずつ返してくれたらいい......」 「六郎さん......」  見上げる公祐に、六郎が深く頷いた。そして東雲に言った。 「撫子の主は、舞草(もくさ)の六郎が身命を賭けて守るー『主さま』とやらに伝えてくれ」  東雲は微妙に顔をひきつらせていたが、しかし反面、得心したように頷いた。 「......いいでしょう。貴方が本当に舞草(もくさ)の六郎なら、異存はありません。しかし、その前に若干、確認をさせていただきたい。近日中にお時間をいただけますか?」 「いいですよ」  公祐が呆然としている間にあれよあれよと話が進み......結局、東雲は公祐のバイト先を如月のギャラリーにする事を承諾させて帰っていった。 「悪かったね......勝手を言って」  六郎は東雲が帰ったあと、公祐とコンビニ弁当をレンジで温めながら言った。 「やっぱり見ず知らずの他人に世話になるのは怖いですから......六郎さんが断ってくれて良かったです」  公祐は温まった弁当を受け取り、缶ビールを冷蔵庫から探りだしながら、六郎に微笑んだ。 「でも.......家のことは.....」  公祐は父が建ててくれた、生まれ育った家を離れたくなかった。 「事態が落ち着くまで、お父さんやお母さんを殺したヤツがはっきりするまで、俺の家に来てたほうがいい。防犯上ね。それが躊躇われるなら、俺がしばらく同居させてもらっていいかな?」  プシュ......とプルトップを開けて、六郎がにこっと笑った。公祐はうーんと考えて答えた。 「週末に納骨なので......六郎さんが家にいてくれたほうがいいです。遺品の整理もあるし.....」 「そうだね......」  少しばかりシンミリしながら、ふたりは弁当を食べ、缶ビールを二本ずつ空けた。  勿論、父の遺影の前にもあげてある。 「俺が心配なのは......七草衆という奴らと『主さま』の正体なんだ」  六郎はほろ酔いになって、壁に寄りかかりながら呟くように言った。 「奴らの思惑が何なのか.....公祐くんが危険なことに巻き込まれないかが、心配なんだ」 「六郎さん......」 「俺は舞草(もくさ)の六郎だからね」  六郎は公祐の頭をくしゃくしゃと撫でて、笑った。  それから二人でお菓子を食べながら、DVD を見て他愛の無い話をして、夜を過ごした。
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