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十九 舞草の六郎(四)
その週の末に公祐は無事に父の納骨を済ませた。
琴子叔母や近親の親戚に混じって、六郎も納骨に立ち会った。曾祖父の代とはいえ、親類......ということで、琴子達も特に異論は唱えなかった。
「当面は俺が公祐くんの面倒を見させてもらいます。しばらく落ち着くまで同居させてもらって......大学も続けられるよう、手を尽くします」
そして、親類の前で土下座に近いくらい頭を下げてくれた六郎に親戚の者は一様にホッとした顔で、口々に『よかったわね』と安堵の息をついた。
あらためて見てみれば、母親方の親類のまったくいない公祐に身内はごく僅かだった。琴子叔母の家族と祖父母の兄弟の子.....つまりは父の従兄弟がひとりふたりいるだけだった。
「それにしても美和子さんも困った人よね。......十年以上も前に出ていったきりで音信不通だったというのに......」
納骨を終え、六郎のミニクーパーで一緒に家に戻ってきた琴子はお茶を一口啜ると大きく溜め息をついた。
「音信不通だったんですか?お母さん.....」
「そうよぅ......手紙の一通もよこさなかったの」
琴子叔母はひとしきり六郎に母の愚痴をこぼすと、『じゃあお願いしますね』と軽い足取りで帰っていった。
「お母さんと叔母さんは仲良くはなかったみたいだね」
来客の後始末をして、六郎とふたり、応接間のソファーに身を投げ出した公祐は、はっ......と目を開いた。
「そうだ、手紙.....」
「手紙?」
「六郎さんの研究室に行った日、朝届いてたんだけど、ずっと忘れてた......」
公祐は急いで部屋の隅に放り出したショルダーバッグ?中を探った。
「あった......」
母親からの手紙は封筒が少しシワになってはいたが、無事に入ったままだった。
「読んでみたほうがいいな.....」
六郎の言葉に、少し指を震わせ、中の白い便箋を取り出した。
それは三枚ほどだったが、予想外にキレイな字で書かれた文面を目にした公祐は、青ざめ、硬直した。
「どうしたの?」
いきなりの変化に驚いた六郎に便箋を渡し、公祐はソファーにうずくまった。
そこに書かれていたのは、公祐のまったく思いもよらないことだった。
何度も手紙を書いて、父に公祐に会わせて欲しいと頼んだが、拒否されたこと。
自分は七草の呪いで家を出る羽目になったこと。
呪いが公祐に及ばないよう、一日も早くあの守刀を手放すように.....と書かれていた。
「七草の呪い......って.......」
「この文面からするとお母さんはあの守刀の刀精に拒まれて、お父さんや公祐くんの側にいられなくなった......という意味に取れるね」
「何度も手紙も書いたし、会いたいと.......」
途切れ途切れに何とか言葉を紡ぎ出そうとする公祐の目に涙が滲んできた。
「ずっとお父さんが拒否していたみたいだね。......君に会わせたくない理由が何かあったのかもしれない」
六郎はう~んと唸りながら言った。
「お母さんの名前、坂下美和子さん......だっけ?」
「そうです......」
頷く公祐に、六郎はタブレットで何か検索を始めた。
「やっぱり......」
「やっぱりって?」
「以前に舞草刀に関する研究を始めた頃、論文を探していて、名前を見かけたような気がしたんだ。......某大学の若手研究者で......でも舞草に関する研究論文を発表した直後に大学を辞めている。......もしかしたら辞めさせられたのかもしれない」
「お母さんが、研究者......?」
公祐は六郎の意外な言葉に伏せていた顔をあげた。
「今、アーカイブから写真を探してみたんだけど......この人じゃないかな?」
六郎にタブレットで見せられた画像は、あの刑事が見せた写真と良く似ていた。
「その論文ていつ書かれたんですか?内容は......?」
「内容は......済まない、覚えていないが、研究室か家にコピーが残ってるかもしれない。書かれたのは確か.....十二、三年前だな。俺が高校の頃に見た民俗学会の雑誌に掲載されていたと思う」
「高校って......そんな頃から六郎さんは舞草刀の研究をしてたんですか?」
目を丸くする公祐に六郎が悲痛な表情で唇を歪めた。
「俺のお袋も舞草に殺されたようなもんだから......」
「舞草に......殺された?」
ますます青ざめる公祐に、はたと気がついた六郎は苦笑いして否定した。
「あぁゴメン。殺人とかじゃないんだ。俺の親父は代々の鍛冶職人でね。刀も打ってた。居合い刀とかね。それが何時からか何としても舞草刀を復元したいと言い出してね。お袋の実家は裕福な家だったんだけど、結局、家族や店......鍛冶場の事も全部、お袋に任せきりになって......お袋は過労で倒れて呆気なく逝っちまった。俺が高校に入った年だ」
「そうだったんですか......」
「まぁ、年の離れた姉ちゃんがいたんで、面倒見てはくれたんだが、......その親父も俺が大学を卒業する前の年に亡くなった」
だから、舞草の研究は仇討ちみたいなもんさ......と六郎は皮肉な笑いを口元に浮かべた。
「六郎さんはまさか、刀を打ったことはあるんですか?」
公祐の問いにますます六郎は口元を歪めた。
「ガキの頃から手伝わされた。小学校六年の頃には相槌を打たされた。......舞草の六郎太と同じだな」
大学に行く時には物凄く父親に反対されたが、母親や母親の実家、姉達の説得でなんとか進学できた......という。
「舞草の研究をしたい......と言ったら、親父もしぶしぶ許してくれたよ。そして家に伝わる門外不出の文書を俺にくれた」
舞草刀との宿縁は切れないのさ...と六郎はお茶を一息に飲み干しながら言った。
「じゃあもしかしたら、母は六郎さんのお父さんを訪ねているかも......」
「生きてりゃわかるんだけどな、残念だ」
ふたりは顔を見合せ、大きく溜め息をついた。
「だが、君のお母さんがあの論文の執筆者だとすれば、五歳の頃に家を出ているなら.....論文の掲載と同時に家を追い出されたことになる」
う~ん.....と、六郎は唸った。
「君のお父さんのお葬式に現れたヤクザは本当にお金が目当てだったんだろうか?」
「どういうことですか?」
「断言はできないけど......論文の話が聞きたくて、坂下美和子の消息をたずねたことがあるんだけど、日本にいなかったんだよね」
「日本にいない?」
「うん、アメリカの大学に籍を移してた。.......結構なエリートの彼女が、あえてヤクザに借金するとは思えないんだよね......」
「そう......ですね」
公祐は母親がありがちな浮気で身を持ち崩した女性でなかったことに内心ホッとした。
と同時にその死の疑惑が大きく膨らんできた。
「その論文って.....六郎さん、見せてもらえますか?」
「探してみるよ。最悪、国会図書館には収蔵されているから、閲覧は出来るはずだ」
六郎は深く頷き、とりあえず今日の夕飯のオムレツ作りに取り掛かった。
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