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二十 疑惑(一)
再び、玄関のインターフォンが鳴ったのは、数日して六郎が憮然とした表情で公祐の家に帰ってきた日の夕方だった。
「研究室が荒らされてた.....」
六郎は如何にも腹立たしいといった口調で鞄をドサリと床に置き、大きく息を吐いた。
「え?じゃあ資料は?古文書は?」
「無事だよ。.....他の人間にはわからないところにしまってある。......俺がこの前言ってた、お母さんの論文のコピーは見つからなかったけどな」
「そう......ですか」
しょんぼりと肩を落とす公祐の肩を軽く叩いて、六郎は笑顔を作ってみせた。
「今度の休みにでも国会図書館に行こう。あそこからは持ち出せないが、コピーは取れる」
「はい......でも、研究室を荒らした犯人は?捕まったんですか?」
「それがな......」
六郎は再び溜め息をついて言った。
「三年の生徒でな。刀剣マニアで、めぼしいものが収蔵庫に眠ってないか、漁りにきたらしい」
「そんな......有名なものあるんですか?」
「在るわけないだろう。在っても金庫の中に厳重に保管されている」
六郎は公祐の言葉に、ふん......と鼻を鳴らして答えた。
「それは......それくらいの事はわかりますよね」
「そうだ。わかるはずだ.....」
公祐は、六郎が暗にー嘘だーと言っているように聞こえた。
来客が来たのは、ふたりがそんな会話をひとしきり終えて、夕食の支度に取り掛かった頃だった。
その日の来客は、......山から帰ってきた日に乾家を訪れた刑事だった。
「お忙しい時間にすいません.....」
「いえ、大丈夫です」
公祐はざっくり六郎を紹介すると、二人の刑事を応接間に通した。
「端的に言って......妙なことになりました」
年上の刑事、時葉が頭を掻きながら言った。
「お母さん......坂下美和子さんの死因はまだ不明ですが、お父さん.....乾啓祐さんの死にお母さんが関与している可能性が出てきました?」
「はぁ?」
つい間抜けな声を上げてしまった公祐に、もう一人の刑事ー松原が苦笑いしながら説明を始めた。
「実は、お母さん......坂下美和子さんは荒巻大輔......あの名刺の男と亡くなる二、三日前に会ってるんですよ。沖縄で」
「沖縄で?」
「えぇ......それも口論していたとかではなく、かなり親しげだったそうで......。こちらでも色々調べてみたところ、美和子さんと荒巻は旧知の仲......と言いますか、同郷の幼馴染みだったそうです」
「同郷?幼馴染み?」
傍らに座っていた六郎が眉をひそめた。
「えぇ、かなり親しかったようです。伊豆の別荘でよく遊んでいたそうです」
「伊豆の別荘......ですか?」
「えぇ。坂下さんのご実家はかなり裕福な会社を幾つも経営している実業家でして、荒巻も家は良かったんですが、道を踏み外したクチらしいんです」
「じゃあ母さんの借金て.....」
戸惑う公祐に、時葉がきっぱりと言い切った。
「そんなものはありません」
「無い?」
公祐は頭が混乱してきた。
ーじゃあ何のためにあの男は.....?ー
「警察の権限で、お母さん......坂下美和子さんの携帯を調べさせていただいたんですが、お父さんの亡くなる前日と亡くなった.....事故があったであろう直後に荒巻から着信が入っていたんです」
ーまさか......ー
思わず崩れ落ちそうになった公祐を六郎が手を伸ばして支えた。
「それは......坂下さんが、公祐さんの父親、啓祐さんの殺害を荒巻に依頼した可能性がある......ってことですか?」
代わりに尋ねた六郎の言葉に時葉が大きく頷いた。
「それと......打ちかけのメールが残ってまして......なんとか刀を手に入れてくれ。ただし息子ーたぶん公祐さんのことですが、ー息子に傷をつけるな......というような文面がありました」
「刀......」
公祐の頭にあの守刀が浮かんだ。
「何か心当たりがおありですか?」
膝を乗り出してくる刑事に六郎が公祐を庇うように前に出た。
「確かに公祐くんはお祖父さんから守刀を譲られてますが、価値の無い、二束三文の代物ですよ。私は大学で刀剣の研究を専門にしているのでわかりますが......」
「そうですか.....」
と松原が、ふぅ......と息をついた。
「じゃあ、それを高価なものと思い込んで奪おうとした......ということになりますね、可能性として」
「そうですね......」
ーあの守刀のために、七草の剣のために父さんは殺された?ー
公祐の頭の中に『七草の呪い』という言葉が蘇った。
「そう言えば母から手紙が来てました.....」
公祐は小物入れの引き出しからあの封筒を出して、松原に渡した。
二人の刑事は封筒をしげしげと眺めて、言った。
「いつ受け取られました?」
「父親の葬儀の三日後です。......その、二三日、不在にしていてポストを開ける余裕が無かったんで.....」
「そうですか......」
時葉は軽く息をついた。と、六郎がそこに口を挟んだ。
「本当だったらいつ着くんですか?その消印だと。出してから何日くらい.....」
「アクシデントが無ければ、五日で着きます。......この消印だと、お父さんが亡くなられた五日後......。ご葬儀の前日くらいですね」
「葬儀の......前日.....」
あの男が現れる前の日だ。
「ただ、ここのところ台風で天候が荒れてましたから、到着は遅れたでしょうね」
沖縄ですからね.....と松原は付け足した。
「美和子さんの......公祐さんのお母さんの死因は何なんですか?」
ふと、六郎が時葉に尋ねた。
「急性心不全......というか、ある種のショック死です。解剖の結果、心臓等に欠陥が無かったんで不審死の扱いです」
時葉はそう言って、つ......と椅子から立ち上がった。
「乾さん、お父さんには大変お気の毒なことでした。殺人とわかっても容疑者死亡で、逮捕することができません。申し訳ない......」
「い、いいえ....」
深々と頭を下げる二人に、公祐には返す言葉が無かった。
ーでも、何故母さんが父さんを......ー
刑事達を見送りながら、六郎が再び何かを思い付いたように口を開いた。
「坂下美和子さん......公祐くんのお母さんのご実家の会社名はわかりますか?」
「会社名ですか?」
松原がパラパラと手帳を捲りながら答えた。
「HMホールディングスです。メインはリゾート開発ですね」
「ありがとうございます」
六郎は丁寧に頭を下げ、刑事達を送り出した。が、その表情は今まで見たことが無いほど険しかった。
「六郎さん?」
「あ、あぁ戸締まりをして食事にしよう」
公祐の言葉に、六郎は我に返ったように笑顔を見せた。が、普段と違って食事中もほぼ無言だった。
そして就寝前、公祐に真剣な顔で言った。
ー危機はまだ去っていないーと。
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