二十一 疑惑(二)

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二十一 疑惑(二)

 次の休みを待って、公祐は六郎とともに国会図書館へ向かった。  幾つかの地下鉄の乗り換えの度に辺りを確かめながらの移動はかなり消耗した。 『ネットで検索して見られるものもあるんだけど......』  全てではないし、情報をハッキングされているかもしれない.....と六郎は言った。  六郎の古い型のミニクーパーは逆に目立つし、ナンバーをチェックされている可能性もあった。 「坂下美和子が独りで計画したとは考えにくいんだ.....」  六郎はドアから離れた席に座って小声で呟くように言った。 ー誰かがそそのかしたか、裏で糸を引いている可能性があるー というのが六郎の見解だった。国会議事堂前の駅で降り、官庁街を抜ける。 「さぁ、ここだ」  エントランスを入り、カウンターで受付けをしてもらう。他のいわゆる図書館と違って本を借り出すことは出来ないんだ、と六郎が言った。 「中には閲覧も出来ないものもある。そういう場合は職員に依頼してコピーをもらうんだ」 「自分でコピーするんじゃないの?」 「貴重な資料が多いからね。破損や紛失があっては困るんだ」  入口近くの端末で六郎が目的の資料を検索する間に眺める館内の様子は大学や一般の図書館とはかなり違っていた。学生の姿は少なく、スーツ姿の社会人がほとんどだ。 「議員の秘書とか官庁の役人とかが調べものに来てることもあるんだよ」  六郎は資料の名前と管理番号をメモした紙を手に、再びカウンターに向かい、コピーを依頼した。 「少し待たないといけないが、大丈夫かい?」 「平気です」  静まった空間に紙を触る音だけがやけに大きい。カウンターの上に受付番号が表示されるまでの十五分ほどの時間が異様に長く感じられた。 「お待たせしました」  受付けのベテラン司書に料金を支払い、コピーを鞄にしまって六郎もほうっと息をついた。 「じゃあ、行こうか......」  さすがに慣れない場所に緊張した公祐を気遣って、官庁街のオープンカフェで一息入れよう、と六郎が提案した。 「大丈夫なんですか?」 「不審なヤツが妙に目立つのがこの街のいいところさ。まぁ俺も不審者にみえるかもな」 「そんなこと無いです」  行き先を慮って、今日は二人ともスーツだ。どう見てもお仕着せのようにしか見えない公祐に比べて、やはり六郎は着なれた感がある。 「普段は白衣だから、ジャケットなんか滅多に着ないんだ」  ぎこちなさそうな素振りをしながら、それでも様になるのは、長身と肩幅の広い締まった体型のせいだろうか。 ーいいな......ー  父親譲りなのか、どちらかというと小柄で痩せ型の公祐には羨ましいばかりだった。   道をゆくエリート風のビジネスマンやオフィスレディの颯爽とした姿を眺めながら、コーヒーを啜っていると、公祐の後ろからふと誰かが肩を叩いた。 「奇遇ですね」  顔を上げると、如月が官庁街には少し不釣り合いなくらいお洒落なスーツで立っていた。 「あ、こんにちわ......。六郎さん、美術商の如月さんです」  例の......と視線で示すと、六郎が小さく頷いた。 「如月さん、こちらは.....」  言いかけた公祐の言葉を伶俐な、というより冷ややかな声が遮った。 「存じてますよ、宮部六郎さんですよね。K大学の文化財研究員の......古い刀剣の研究がご専門とか......」 「よくご存じで」  二人の間に流れる氷点下の空気に公祐は思わず身を強張らせ、なんとか和らげようと言葉を探した。 「如月...さんは、今日はなぜこちらに?」 「お客様の代理で登録に来たんです。お品物によっては登録が必要なので」  如月がほんの少し表情を和らげた。 「銃刀法の関係ですか...」 「そうです。古式の火縄銃ですけどね」 「火縄銃?」  思わず首を傾げる公祐に六郎が少しだけ笑って答えた。 「古くても銃刀器の場合は、文科省に登録が必要なんだよ。文化財としてね.....」 「そうなんだ」  感心する公祐の傍らで如月が再び冷ややかに言った。 「さすがはご専門ですね」 「どうも.....」  わざとらしく、コーヒーを飲み干して、六郎が席から立ち上がった。 「行こうか、公祐くん」  その眼前にさりげなく如月が立ちはだかった。 「あぁ、そうだ。お急ぎでなければ、うちのオフィスにおいでいただけませんか?目利きしていただきたい品物があるので.....舞草(もくさ)刀では無いんですが、専門の方に鑑定をお願いできると有難いんですが.....。公祐さんとバイトの日程も相談したいので....」  六郎はしばらく黙って如月を睨み付けていたが、挑戦を避けて見下されるのも不快だった。 「.........わかった。お邪魔しよう」  短く答える六郎に、如月が微かに唇の端を上げた。 「では、少しこちらでお待ちください。すぐに車を回してきますから......」  公祐は眉をしかめる六郎の傍らで、内心、かなり狼狽えた。その肩を六郎が軽く叩いた。 「大丈夫だ。喧嘩はしない。俺もあの男に聞きたいことがある」 「どうぞ.....」  そして、公祐達を伸せた如月の車は、高級住宅街へと向かった。  
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