二十三 検分(二)

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二十三 検分(二)

 襖で隔てたられていたらしい隣室には、尾花の北澤を初め、あの山で会った五人...巽祐太郎の後見人の六人がピシリと膝を揃えて座っていた。 「気が済んだろう。そろそろお暇させてもらっていいか?用事があるんだ」  六郎は、チラリと彼らを一瞥して、素っ気なく言った。  その仏頂面を無視するように、尾花の主、北澤がニヤリと笑った。 「当代の舞草(もくさ)の六郎はせっかちだのう......用事はまだ済んではおらん」  公祐は何が起こるのかと、顔を青ざめさせたが、六郎は平然と六人を見た。 「検分か......」 「さよう」  尾花の主が深く頷くと、六郎は溜め息混じりに如月に言った。 「道具はあるのか?」 「ありますよ.....」  如月は床の間の脇、違い棚から塗りの箱をテーブルに移した。蓋を開けると、公祐にも見覚えのある刀の手入れ道具が入っていた。 「検分て......?」 「刀の状態を見ることだよ。日本刀は湿気に遇うと錆びる。が、乾燥し過ぎた場所では鞘にヒビが入ったり割れたりする。適切な環境に保管して、マメに手入れすることが必要なんだが......」  六郎はジロリと七草の五人と後見人を見た。 「まずは、ご老体、あなたのから見せていただこうか。......公祐くん、済まないが脇に避けてくれるか?」 「わかりました」  公祐が譲った六郎の隣に、七草の男達が、一人ずつ守刀を持って座り、六郎に手渡した。  六郎はそれを作法に則り一本ずつ丁寧に検分して、汚れを拭い、粉をはたき、もう一度拭って油をひいていった。  最後に如月が差し出した桔梗の剣にわずかに眉をひそめたが、すぐに平静な顔に戻った。 「どれも錆はきてない。葛の剣と桔梗には若干曇りが出ていたから、拭っておいた」 「お手数をかけます」  西邑が軽く頭を下げた。 「この人は知らないが、葛のアンタは少々多忙過ぎるようだな。世情が世情だから仕方ないかもしれんが.....」  六郎の言葉に皆が一瞬、顔を見合わせた。 「あんた、医者だろ?......袋と鞘にわずかだが、消毒薬の匂いがついてた。.....まぁ代々の匂いかもしれんがな」  ほう......と感心したように北澤が呟いた。 「刀は持ち主の有り様を反映する。......遮那王と影の刀は検分しなくていいのか?」  六郎は全ての刀を検分して、あらためて如月に向き直った。 「『主さま』方については別に席を設けますので.....」 「磨ぎが要るか......鑪場までは要らないよな、影も」  六郎の言葉に、如月の顔が一瞬青ざめたように、公祐には見えた。 「とにかく対面の儀は今日ここまでで.....」 「俺の検分は済んだってわけか」  わざとらしく、よいしょ、と声を上げて六郎が立ち上がった。 「帰ろう、公祐くん。案内してくれ....」 「お疲れさまでした。お送りしましょう」  いつもの様子に返った如月が、先に立ち、和室を出ようとしたその時だった。 「その論文は役に立ちませんよ。全くの出鱈目だ」  東雲のいきなりの言葉に公祐は思わず六郎の顔を見た。  が、六郎は表情すら変えず、一言、言い残して座敷に背を向けた。 「わかってる」    如月の車で自宅に送られた後、ふたりはしっかり戸閉めをしてから、居間に身を投げ出した。 「疲れた......」  夕飯に昨日のカレーを温めに立つまで、おおよそ一時間近く転がったきりのふたりだった。  それから、のろのろと立ち上がり、温まったカレーを一匙、口の中に運んで、ようやく公祐は言葉を口にした。 「びっくりしましたね......」 「まぁな」  忙しなくカレーを口に運ぶ六郎の目が少し窪んで、疲れが滲み出ていた。 「六郎さん......『主さま』の遮那王の刀が磨ぎが要るって、どうしてですか?」  ん?と六郎はカレーのお代わりをよそうために椅子から立ち上がりながら答えた。 「遮那王のは必要ないかもしれないが、影の刀は磨ぐようになるだろうな」 「なんでですか?」  皿に山盛りに白飯とカレーをつけて、六郎はよいしょ.....と椅子に座り直し、公祐をじっと見た。 「人を斬ってるからだ」 「え?」 「影っていうのは、そういう刀なんだ」  それだけ言って、六郎は愕然とする公祐を余所に二杯目のカレーライスに襲いかかった。
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