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二十四 検分(三)
夕食の後片付けを終えた公祐は、図書館でコピーした論文を睨み付ける六郎の傍らにコーヒーを入れたマグカップをそっと置いた。
「インスタントだけど.....」
「おぅ、ありがとう」
六郎は一旦、コピーから顔を上げ、うーんと伸びをしてコーヒーのカップを手に取った。
「確かにひでぇな」
ふぅと息をついて、コーヒーを啜りながら、六郎は天井を見た。
「思い出したよ。......高校ん時にオヤジにこの論文を見せて、本当なのかって訊いたら、『こんなデタラメ、本気にするんじゃない!』って怒られて、雑誌を焼き捨てられたんだ」
「そんなに怒ったの?」
「あぁ.....」
六郎は半ば懐かしそうに目を細めた。そして公祐の方に論文を差し出した。
「学生の時にもう一度コピーしたが、やっぱり使えなくて捨てたんだったよ」
「なんで?」
「根拠が無いんだ。解釈を間違ってるし」
公祐がコピーにざっと目を通すのを待って、六郎が口を開いた。
「まず、遮那王を邪神と決めつけて、これを祀り上げて、藤原氏の再興、源氏への復讐、政権の奪取を祈願したとある。そして亡くなった藤原氏の人の刀を集めて、その怨念の込もった七本の刀を作り、呪いの道具として用いて、源頼朝の一族を滅亡させた...としている」
「本当なの?」
「そんなわけあるかい!」
首を傾げる公祐に六郎は吐き捨てるように言った。
「頼朝の一族を滅亡させたのは、現実的には北条氏だ。頼朝の息子やもう一人の弟まで、陰謀を巡らせて殺してる。そればかりか、頼朝について平家討伐に尽力した他の御家人もことごとく滅亡させてる。......結果的には北条氏の一人勝ちだ。露骨なくらい陰謀の主ははっきりしてる」
「でも、この人は、母さんは北条氏の専横を遮那王の、邪神の祟りだとしてるよ?」
首を傾げる公祐に六郎は大きく首を振った。
「遮那王ー源義経の生前にその活躍を一番面白く思わなかったのは、鎌倉衆、つまりは北条氏を筆頭とする頼朝の蜂起に力を貸した連中だ。それを呪うなら、一番最初に北条氏が滅びなきゃならない。......それに弟.....義経にとっては兄の範頼は刀を打ち終わる前に頼朝に幽閉されて殺されている」
「なるほどね......。源氏の滅亡と七草八剱は無関係ってことだね」
「そうだ。......政権の奪取も発想に無かったろう。中央とは離れた独立勢力であることを藤原氏は志向していた。.....中央政権への野望は無かったと見るのが正しい」
「でも......さ」
公祐は六郎の言葉に頷きながら、コピーをパラパラと捲った。
「なんで母さん、いや坂下美和子が遮那王信仰や、七草八剱が作られた経緯.....厚樫山で亡くなった藤原氏の人達の刀を集めて作られたことを知っているんだろう?」
「そこなんだよな......」
六郎は頭を抱えた。
「七草八剱の伝承は七草衆と俺の先祖しか知らない。......特に厚樫山の死者の刀を集めて作られたことを知っているのは、藤原頼衡の子孫と俺の先祖......舞草の六郎太の子孫だけだ」
「俺と六郎さんの先祖しか知らないってことだよね.....」
そこまで言って、公祐はハッと目を見開いた。
「もしかして、父さん......」
「ん?」
「父さんが母さんに話たのかもしれない.....。だからこの論文が表に出たとき、母さんは父さんに離縁されて、父さんは撫子の刀を継承できなくなった......」
「そういうことか」
六郎は大きく頷いた。
「だが、わからないのは、何故、お父さんが七草衆の継承者であることを坂下美和子が知っていたか、だ。......俺のオヤジも祖父さんも、乾家が撫子の剣の継承者だとは知らなかった。先祖の古文書にも剣を持って山を降りたことまでしか書いていない」
「じゃあ誰が......」
俺達は再び頭を抱えた。
.......と、傍らに置いていた公祐のスマホが点滅した。
「あれ?......如月さんだ、ショートメールなんて珍しい」
公祐はスマホのロックを外し、メールを開き、えっ......と小さな声をあげた。
「なんだって?」
覗き込む六郎に公祐はスマホの画面を立てて見せた。
「『主さま』が俺と六郎さんに会いたいって......土曜日、如月さんが迎えに来るって」
ごくりとふたりの喉がなった。
ー七草八剱の真実を教えたいー
日時の下には、『主さま』からの伝言としてそう記されていた。
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