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二十五 検分(四)
土曜日、約束の時間ぴったりに如月が乾家に公祐と六郎を迎えにきた。
正確には如月が東雲の車で共に迎えに来た。
「また、あんたか......」
六郎は東雲を見ると途端に不機嫌そうな顔をしたが、東雲は一向に気にする様子もなく淡々と言った。
「物を積むにはこちらの方がいいかと思ったんだがね」
「確かにな」
東雲の言葉どおり、なぜか六郎はいつもと違って大きな鞄を両手に下げていた。
「よろしくお願いします」
公祐はいつも通り、財布やスマホ、そしてあの守刀を入れたショルダーバッグひとつだった。違うのは前回の教訓を踏まえてワイヤレスの充電器を量販店で購入して持参しているだけだった。
「じゃあ、行きますよ」
東雲は、六郎が後部のスペースに荷物を積み、ふたりが座席に収まるのを確かめて、CMで盛んに見掛ける車体の大きな高級車のハンドルを軽やかに切った。
「どういうヤツが乗るのかと思ってたが、なるほどな」
六郎はステンレスポットに入れてきたコーヒーをグビリと飲んで車内をさりげなく見渡した。
前のシートの背には液晶ディスプレイが嵌め込まれ、時によっては客が退屈しないよう、映像を流せるようになっている。当然、車内の四面にスピーカーもセットされ、ちょっとしたミニシアターのような空間にもなるが、今日は運転や会話の妨げにならない程度にいわゆるヒーリングミュージック的なクラシックの曲が流れているだけだった。
「宮部さんは東雲さんとは合わないみたいですねぇ.....」
そっぽを向いて、半ばつっけんどんに時折、会話に億劫そうに参加する六郎に、さすがに如月も苦笑いだった。
「俺はお殿様は嫌いでね.....策士も好きじゃない」
ますます不機嫌になる六郎に公祐も少し不安になった。
「お殿様って......東雲さんはそんな人じゃないですよ」
公祐の言葉に六郎は少し口調を変えて答えた。
「あぁ言葉がたりなかったな。萩の剣ってのは、そういう家系の人間を選ぶんだ。確か東雲さん、アンタは伊達家の家系の人だよな」
「よくお分かりだ」
バックミラー越しに東雲が小さく口を歪めた。
「そうなんですか?」
キョトンとする公祐に六郎は皮肉めいた口調で言った。
「オヤジからなんとなく聞いた話だけどな。七草はそれぞれ性分に合った傾向の持ち主を選ぶそうだ」
「そうなんですか?」
身を乗り出す公祐に、如月が渋りながら答えた。
「そういう傾向はあるようですね.....萩は政事に関わる者、葛は医術ー昔で言うと薬師ですか、尾花は文化人..茶や歌に秀でた者、藤袴は武芸者、女郎花は芸能に携わる者を好むとは聞いています」
「桔梗は軍師というかブレーンを好む」
六郎が間髪を入れずに補足した。
「じゃあ撫子は?」
心配そうに顔を伏せる公祐に、六郎が少し困ったように言った。
「善き家庭人.....かな?正直、撫子はよくわからない」
「なんで?」
不服そうな公祐に、如月がやはり、ちょっと考えて微笑んだ。
「家系を繋ぐのが役目というか.....撫子は親から子へ伝えられることが一番大事なんですよ。他の剣とは違う」
「国衡の形見だったからな.....撫子だけ別立てで書かれているし」
「そうなんだ.....」
少しガッカリした様子に如月がわずかに微笑んだ。
「愛情深くあればいいんですよ。......考えようによっては一番難しいかもしれませんね」
如月のしみじみとした口調に思わず目を付せる公祐の肩を六郎がぽん、と叩いた。
「何にでもなれる、何になってもいいって事だよ。総理大臣でもいいんだぜ」
「それは無理.....」
六郎の軽口に公祐はふっと気分が楽になって、外を見た。車は既に街中を抜けて、清々しい緑の中にいた。
「ここはどの辺ですか?」
尋ねる公祐に如月達に代わって六郎が口を開いた。
「奥多摩だろ。来たことがある」
「その通りです。まぁまだ少し行きますけど.....」
東雲が口の端を上げて微かに笑った。
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