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二十七 遮那王(一)
「公祐もこちちらにおいで」
『主さま』は、片方の手で袂を押さえ、白い形の良い手で公祐を手招きした。
公祐は如月に促され、敷物を手におずおずと六郎の脇に座った。
「まず、舞草の六郎、遠路はるばる足を運んでくれたことに礼を申す」
耳に心地よい、清水の流れのような声音だ、と公祐は改めて思った。
六郎もついつられて、なのだろうか、表情を和らげた。
「礼には及びません。.....それよりも、教えていただきたいことがあります」
「坂下美和子......とやらの件か」
『主さま』の言葉に公祐は思わず身を強ばらせた。ちら.....と如月の方を目線で追うと、彼のいた控えの間は板戸は閉ざされ、もう一方の東雲のいた方も同様だった。
「端的に言おう。坂下美和子が七草八剱について知っていたのは、お前達の親御のせいではない、今世は.....」
公祐はホッと息をついたが、六郎は逆になお硬く顔を強張らせた。
「今世は......とはどういう意味ですか?」
「少し長い話になるが.....」
『主さま』は静かに目を伏せた。
「七草八剱は、魔を祓うために作られた。......ふたつの、な」
「ふたつ?」
「ひとつは源氏の代々に仇なす魔物......源氏の祖たる武士が鵺退治、鬼退治に功績を上げておることは知っているな?」
「はい......」
子どもの頃に絵本で読んだことがあるような気がした。
「それらは、鬼はいわゆる人であり外国から流れてきた人間であるという話があるが.....」
『主さま』はふぅ.....と息をついた。
「ある意味、それは正しい」
「正しい?」
「ある理由のために、祖国を追われ、この日ノ本に辿り着いた者達だ」
首を捻る公祐の傍らで、六郎がまさか......という顔で呟いた。
「悪魔崇拝......?」
「そうだ」
『主さま』が、大きく頷いた。
「キリスト教の布教によって迫害された原始宗教の信者とも言うが.....」
「つまりは生け贄を捧げる祭祀をしていた......というわけか」
六郎が小さくため息をついた。
「そうだ。......その神は幻ではなく、鬼、すなわち酒呑童子や茨木童子の人の域を超えた膂力に目をつけた源氏の祖、頼光達は自らもまた源氏の繁栄を願い、原始の神ー悪魔と契約した。自らの子孫の血肉と引き替えに.....」
「それじゃ......」
公祐は恐ろしさに身震いをした。
「源氏の子らの骨肉の争いはそのためだ。もっともそういう神であったことは頼光達も知らなんだであろうがな。八幡信仰と偽って、その力を頼みにした義家の家系は、権力を手にすると同時に、絶えた」
心底嫌な顔をした六郎が吐き捨てるように言った。
「自業自得じゃねぇか......」
「まぁ、そう申すな.....」
『主さま』は、苦笑いしながら、さらりと手を返した。
「そして、同様に土着の神に自らの氏族の繁栄を祈願し続けた一族がいた」
「北条氏ですか?」
「そうじゃ......こちらのほうがなお賢かったな。源氏の魔の力を利用して、平家を滅亡させ、自らも頼朝の兄弟、子らを滅するよう働きかけた。自分達に魔の呪いが及ばぬように、な」
「だが、北条氏が信仰していた神も似たようなもんだった......という訳か」
「そうじゃな。......まぁ、北条が贄としたのは、自らの繁栄を妨げるであろう者達、頼朝の兄弟、子ども、そして頼朝が頼みにしていた関東の御家人達だ」
「鎌倉殿の十三人......てやつか」
目を白黒させる公祐の傍らで、六郎がなおも険しい顔でギリギリと歯噛みした。
「その北条と背後の者にとって、一番邪魔だったのが、九郎判官義経こと遮那王と奥州藤原氏だったわけか.....」
『主さま』は今一度、大きく頷いた。
「何故......ですか?」
公祐はやっとの思いで言葉を紡ぎ出した。
「鞍馬の魔王尊も、奥州藤原氏の信仰していた早池峰の神も、それよりももっと古い、日ノ本の原初の神だからだ。大和朝廷が自らの先祖を神に祀り上げるずっと以前の.....」
六郎が遠い眼差しをして言った。
「源氏や北条が奉じ、頼みにした神よりずっと格が高い。だから贄を取らない」
「だが、義経は奥州藤原氏に討たれた」
『主さま』は、深いため息とともに絞り出すように呟いた。
「己が神と父を信じきれない、子の弱さゆえに.....自らの一族をも滅亡させることになった」
『主さま』の瞳から涙がぽとり.....と落ちた。
「なんとか生き延びた藤原頼衡に七草八剱を打たせたのは....」
公祐の問いに『主さま』は頷いた。
「魔王尊の子である遮那王と早池峰の神、瀬織津姫の慈悲.....じゃ」
だが、その言葉に六郎はふん......と、鼻を鳴らした。
「それだけじゃないだろ。やり残した魔物退治を藤原秀衡の子孫にさせるためだろう。贖罪として......なぁ遮那王さま」
「六郎さん?」
公祐は暴言とも取れる六郎の言葉に狼狽した。が、『主さま』は微動だにしなかった。そして思いもよらない言葉を口にした。
「知っておったか......だが、此度は裏切りは許さぬぞ、舞草の六郎太」
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