二十八 遮那王(二)

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二十八 遮那王(二)

「えっ......?」  言葉に詰まる公祐を『遮那王』と呼ばれた『主さま』は宥めるようにじっと見つめた。 「今のこれのことではない。これの前世の話じゃ」 「前世って.....『主さま』が遮那王って......」  なおも狼狽える公祐に、『主さま』をきつい目で睨みながら六郎が告げた。 「公祐くんの話を聞いて気づいた。義経の時と同じだ。人間の女の腹を借りて、再び世に降りた。弁慶とともに.....」 「なぜ......?」 「危急の事態が起こっての」 『主さま』はしれっとした口調で、六郎を冷ややかに見ながら言った。 「此度こそ、七草八剱を正しく発動させねばならぬ。......裏切りのツケは払ってもらうぞ、六郎太」 「わかってる......俺は公祐を絶対に守る」  蒼白になりなから、睨み合う二人に割って入るように、公祐は声を上げた。 「あの......話が見えないんですけど.....」 「そうじゃな......」  先に落ち着きを取り戻したのは『遮那王』の『主さま』だった。 「我れはその昔、厚樫山で前世のそなた......藤原頼衡を助け出し、舞草(もくさ)の六郎太に預けた。......それ自体は恩ある藤原秀衡殿の血を絶やしたくなかったからじゃ」 「泰衡の子は生きてたぞ」 「あれははや、先祖の加護を失った。裏切り者の子じゃ、我れに加護する道理はない」  六郎の指摘に遮那王はにべもなく言い放った。 「御霊の姿に戻って、兄の頼朝のところに参ったとき、源氏を呪うそれとは違う.....それを呑み込んでなお肥大した妖物の存在を知った。......既に兄を、兄の血筋を救うことは出来なかった。鎌倉は魔物の領域と化していた。ゆえに我れは義家の別な流れに源氏が行く末を託した」 「新田に足利か......なら、それでいいじゃねぇか」  相変わらず六郎は腹立たしげに『主さま』つまり『遮那王』に言葉を返した。   「その時にはまだ、あれらの力は足りなかった。また人の世は人の世として、鎌倉に巣くった魔物が再び奥州に仇なすことを防がねばならなかった。.......これは瀬織津姫の願いでもあった」 「だから俺に......俺と六郎さんの過去世の人に七草八剱を打たせたんですか?」  公祐はなんとか二人を宥めねばならない、という思いが内から沸き上がってくるのを感じた。 「そうじゃ。......撫子以外の剣は時を見て、縁あるものに渡した。......初めは撫子もそうするつもりだった」 「ならば何故、頼衡の手元に残したんだ?」 「藤原国衡の願いじゃ。父親の......息子を見守りたいという切実な思いだ」  そうだ、撫子の守刀は藤原国衡の形見の腰刀をそのまま磨いだものだった.....と公祐は思い出した。 「六郎太は......その後、頼衡とともに山を降りた。そして、七草八剱の事を秘して、普通の村人となった」 「じゃあなんで......裏切りって」 「頼衡に子が出来た。......六郎太は、我れが刀を打たせた理由を知っていたゆえ、頼衡親子に魔物退治の役目をさせぬために、わざわざ鎌倉に行き、北条氏に敵対する御家人に、七草八剱の話を漏らした」 「頼衡の名は出していない!」 「そう、六郎太は頼衡は病で死んだと偽り、我れが剣を七本すべて持ち去ったと伝えた。......ゆえに撫子以外の剣の主は鎌倉の厳しい探索に遭い、苦難を強いられた。我れは六郎太に償いとして、影の、弁慶の眷族たることを命じた」 「だから全て知っていたの......?!」  公祐の言葉に六郎が小さく頷いた。 「のぅ公祐、我れが何故、六郎太を滅っさなかったか、分かるか?」 「そう言えば......」  魔王尊の力を継ぐ遮那王が裏切り者を黙って見逃すとも思えなかった。 「それはな、六郎太が藤原頼衡を愛していたからだ」   「愛して......た?」  遮那王は小さく微笑み、チラリと黙り込んだ六郎の方を見た。 「六郎太は頼衡に懸想しておった。幼きより愛しいと思う気持ちが募ってな。妻子を省みず、遠ざけてまで一途に頼衡を想っていた。それゆえに刀をふたりで打たせた。頼衡の嘆きを思い、命は取らなんだ」 「はぁ......」  公祐が六郎を盗み見ると、なぜか六郎の顔は耳まで真っ赤になっていた。 「頼衡も誰よりも頼みにしていたからな。......だが、六郎太よ。そなたが漏らしたために、非常にまずいことになっておるのはわかっておろう?」 『主さま』こと遮那王は再び厳しい顔になって言った。   「まずいこと?」 「六郎太が漏らしたことを伊豆の御家人が書物に書き残した。権力を狙う者達として.....坂下美和子は、その御家人の子孫だ」  あっ......と公祐は小さく叫んだ。 「じゃあ母さんは......」 「その一族は、結局、北条氏に滅ぼされたが、その書物は北条氏に、魔物の手に渡ってしまった。奴らは七草八剱の力を恐れ、剣の行方を探していた。お前の母......坂下美和子は撫子の剣を奪うために乾啓祐ーお前の父に近づいた」  ふうぅ......と『主さま』は大きく息を吐いた。 「啓祐が妻となった美和子の思惑に気づいたのは、公祐、君が生まれてからだ。......あの論文で初めて知った。だから離婚して、一切、公祐ー君に近づけないようにしたんだ」 「だからといって......なぜ父さんを?」 「君が継承すれば母親の権利で手に入れることが出来る。管財人としてね」  六郎もやっと我れに返ったように呟いた。 「啓祐さんを殺すような強硬手段に及ぶとは思わなかったが......」 「事を急いでいるんですよ」  いつの間にか、東雲が控えの間に戻っていた。 「華山ホールディングスの会長が亡くなりました。HJMホールディングスの会長が筆頭株主になります。......坂下美和子の祖父です」  公祐は、あれっ?と声を上げた。 「名字、違くないですか?HJMホールディングスの会長って方丈って......」 「坂下美和子は長男の妾の子です。坂下は母方の姓です」  ふと見ると、如月もやはり席に戻っていた。 「つまりは会長の手駒の一つだったってわけだ。......奴らの狙いは経済界を牛耳ることか」  六郎は腹立たしげに拳を握りしめた。 「永田町もです。間もなく首班指名があります」  東雲の言葉に遮那王が深く頷いた。 「この国を魔物の支配する国にするわけにはいかん。六郎、撫子、今度こそ、我れはあれを滅する。......我れのために、七草八剱の力を尽くせ」  六郎が何かを言おうとしたが、遮那王の『主さま』が先んじて言葉を制した。 「否やと言うならここから出さぬ」 「それは困る......」  六郎が口を歪めて笑った。 「六郎さん?」 「公祐くん、ここは異界だ。この世とは違う場所だ」  六郎は頭を掻きむしりながら、溜め息をついた。 「少し時間をくれ。......考えさせて欲しい」  そうして、公祐達は異界の屋敷に軟禁されることになった。
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