二十九 遮那王(三)

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二十九 遮那王(三)

 公祐達が御神前らしき建物から、白装束の人々に案内されて入った建屋は外見にそぐわない広さだった。 「異界なのが露見していたと知って開き直ったんだろ」  六郎は別段驚くふうもなく、案内された部屋の隅に鞄を立て掛けた。 「そう......なんだ」  公祐は半分あっけに取られて部屋の中を見回した。 「ま、洋室にしてくれとは言ったけどな......あいつのセンスは本当にぶっ飛んでるよな」  六郎も少しばかり妙なものを見た......という顔でベルベットのソファーで頭を抱えていた。  ふたりの目線の先にあるのは、がっしりしたオーク材の彫りも美しい、真っ白い天蓋のついたキングサイズのダブルベッドだった。  調度品はヴィクトリア朝というのか、比較的装飾の少ない重厚な造りで、海外の名探偵もののドラマに出てきそうな雰囲気だった。  唯一、たぶん海外ドラマに無いのは、サイドテーブルの上に短刀用とおぼしき刀掛けがあることだった。 「あいつって......六郎さんは『主さま』、ううん『遮那王』さまを知ってるの?」  公祐にはそれが一番の謎だった。裏切り者と言いながら、かなり打ち解けた、心を許した間柄のように公祐には思えた。 「以前にな......一ノ関から入った山合いで、一度会ってる」  六郎は頭をポリポリと掻きながら、言った。  六郎の言うには、大学二年の頃、舞草(もくさ)刀工の集落のあったと言われる場所を探して、平泉から一ノ関にかかる山合の調査をしていた時のことだという。 「昼過ぎだっていうのに、急に霧が出てきてな。周りが何も見えなくなって、それなのにその中に灯りが揺れていた。他の登山者かと思ったんだが......ふと顔を上げたら、あいつらがいた」 「あいつら?」 「遮那王と弁慶だ。その時の遮那王は絵本の牛若丸まんまな格好だったけどな」  腰を抜かした六郎は弁慶に有無を言わさず何処かわからない岩屋に拉致されて、自分とそっくりの男が紅顔の、まだ十四、五歳くらいのあいらしい少年の看病をする姿、ともに刀を打つ姿、そしてその後を見せられた.....という。 「まぁまずは裏切りを責められたんだが、自分の大切な人間に危険なことはさせたくない、って心情はわかるだろ?」 「うん......」 「で、説得を試みたんだが.....」  その時代に六郎の先祖、六郎自身が大切にしていた頼衡の転生を必ず守ること、七草八剱の手入れを引き受けること......などを条件に遮那王達にこの世に戻してもらったという、 「なんで異界ってわかったの?」 「そりゃあなぁ......あっちで、六郎太の相槌打たされて、一本刀を仕上げた。ーつまり影の刀は俺が相槌を打ったんだが、そんなに一日二日で仕上げられるもんじゃない。何度も日が登って落ちた。それなのに.....」  六郎はふうぅ......と手を広げてみせた。 「元の山に戻してもらった時には一時間も経ってなかったんだ......」 「そう......なんだ」  公祐ら最初に連れていかれた山のことを思い出した。 「じゃあ、あのお山も異界なの?」 「たぶん......な。だが違和感の無いように上手くこの世の山に被せて隠してるんだろう。私有地で立ち入り禁止の山が結構あるからな、あそこらは」 「そう......なんだ。でも、七草衆の人達は人間だよね?」 「半分はな......だが、剣との交感が長ければ、だんだんあっちに近づいていく。如月......桔梗の主は半分以上あっちだろ」  六郎は鞄の中からチョコレートを取り出し、喰うか?と言って半分、公祐に渡した。 「なんでわかるの?」  公祐はビターチョコレートのほろ苦い慣れた味にホッと息をつきながら、言った。 「桔梗はこれまで随分と失敗しているから、監視下に置きたかったんだろう。他の剣にもあるけど.....」  六郎はパキリ.....とチョコレートを歯で折りながら堪えた。 「撫子は?」  公祐にはやはりそこが不安だった。 「言ったろ?撫子は普通に幸せに暮らしているのが、役目なんだ。......藤原国衡の子孫としてね。もし失敗があるとしたら、君のお父さんが坂下美和子の正体に気付くのが遅れたことくらいか?」 「父さんも....白寿丸ー撫子の刀精もなぜ気づかなかったんだろう?」  公祐はチョコレートとは違う苦い味が口の中に広がっていくのを感じた。 「坂下美和子は愛人の子だ。子どもの頃から魔物の勢力下に取り込まれていたわけじゃない」  たぶん、駒として最適に育ってからだろう、と六郎は言った。 「でも、魔物って何物なの?」  公祐は六郎からポットのコーヒーをもらいながら、訊いた。 「たぶん、西洋の悪魔ってやつだな......十三は悪魔の数字だ」 「でも悪魔ってキリスト教だよね......日本にはいなかったんじゃ......」  訝る公祐に六郎はチッチッと指を振った。 「キリスト教は聖徳太子の時代に既に入ってきてるよ。保元の乱.....源義家達と戦った悪左府、藤原頼長の近習は秦氏だ。日本にキリスト教を持ち込んだ一族だ」 「じゃあ、義家のを知ってたの?」 「可能性はあるな......」  公祐はコーヒーをもう一口飲みながら、言った。 「でも、悪魔って沢山いるんじゃない?」 「まぁな......だから、七つの大罪を利用して炙り出す気なんだろ、遮那王は」   「七つの大罪?.....何それ?」 「ググれよ」 「圏外だよ、ここ.....異界だもの」 「そうか.....」  ははっと六郎が笑った。 と、ドアがノックされ、ひょいと顔が覗いた。 「食事だぞ」  
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