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朝食が終わって数時間経った頃、花音は凛斗と楽空に連れられて街中に買い物にきていた。
花音が着ているものといったら、寝間着用に着ていたTシャツとホットパンツだった。
そして、履いていたのは薄汚れたスニーカー。
そんな花音を見て凛斗が思ついたように言った。
「服を買いにいこう!」
そう言った後、凛斗は書斎に閉じこもり数十分の後、「休めることになったよ!」と笑顔で出てきた。
そして、車で街中まで行くと有料駐車場に停め、三人は街中を歩いていた。
凛斗と楽空はスーツでなはいものの、センスよく服を着こなしている。
凛斗はチャコールグレーのストライプの入った開襟シャツに黒のパンツ、楽空は黒いタンクトップにダークグレーのパンツを着こなしている。
一緒に歩いている花音のTシャツにホットパンツ姿は、寝間着用に着ていた服でパッとしない。
この二人と歩いていると、なんだか浮いているように見えた。
少し恥ずかしくて、花音はうつむき加減で歩いていた。
こんなことなら、家を出る時に着替えも持ってくるんだった。
そんな花音の気持ちに気づいてか、気づかずか…凛斗は花音の腕を掴んだ。
「この店に入ろう」
花音は凛斗に引っ張られながら、とあるショップに入ていく。
そこはレディース専門店で、服以外にも下着や靴まで置いてあり、店内には来客用の応接スペースがあった。
フカフカのソファーにテーブルがあり、そこに座ると店員が飲み物のオーダーを取りに来る。
しばらくすると、オーダーした飲み物が運ばれてくるというサービスが受けられる。
そこは富裕層中心の会員だけが出入りできるショップだった。
今、流行のものからフェミニンなものまで、服を着るシーンに合わせた品ぞろえがあり、富裕層には人気のあるショップだった。
「いらっしゃいませ。皇様」
中年の美魔女といえるぐらい綺麗でフェミニンな服を着た女性が出てくると、上品に頭を下げた。
その女性の後ろには、二人のフェミニンだがシンプルさのある服を着た女性店員が経っていた。
「こんにちは。お久しぶりです。水咲さん」
凛斗は慣れた様子で挨拶する。
「いいえ。こちらこそ、お久しぶりです。皇様がいらっしゃるなんて、何年ぶりでしょう。よく、お越しくださいました」
「覚えていてくれるなんて嬉しいな。今日はこの子の服から靴まで生活するのに必要なものを全て見立ててくれませんか?」
花音に視線を移しながら言った。
しかし、花音は恥ずかしそうにうつむいた。
そのショップは花音のような一般人には敷居が高く、居心地が悪かった。
「かしこまりました」
そう答えると水咲は、そんな花音の気持ちを察したように、穏やかな笑顔を花音に向けた。
「さあ。お嬢様。こちらへどうぞ。お嬢様にお似合いになる服を探しましょう」
水咲に促され、店の奥にある試着室前のソファーまで連れていかれると、ソファーに座るように促され座る。
「それでは、ここでお待ち下さい。私どもがお嬢様に似合いそうな服をお持ちいたします」
満面の笑みで言うと、二人の店員を連れて店内の服から靴にいたるまでを見て回り始めた。
一応、花音は一族の当主の許婚ではあるが、こんなショップに入ったことはなかった。
一般人が出入りするようなショップでしか服を買ったことがなかったからだ。
花音は慣れなくてガチガチに緊張して待っていた。
そんな花音の様子を凛斗は応接スペースのソファーに座って見ていた。
目の前のテーブルには既に二人分のアイスコーヒーが置いてあった。
「花音は大丈夫かな?この手のお店は苦手なのかもしれないな」
「ぷっ…!」
凛斗の向かい側のソファーに座っていた楽空が笑いをこらえるように口元を覆った。
「…なんだよ?なんで笑うんだよ?」
「いや…。普通の生活してる人間なら入れない店だろ。ここって…」
「そうなのか?」
凛斗は初めて知ったようで驚きを隠せなかった。
「そうだよ」
楽空は苦笑いをした。
「おまえ。自分が金持ちの御曹司って自覚がまるでないよな。言っとくけど、おまえの生活水準は普通じゃないからな。普通の生活水準の人間が、この店に入ったら緊張するに決まってるだろ?慣れなくて居心地悪いっていうか…」
「でも、おまえは平気じゃないか?」
「何回、この店に来たことあると思ってるんだ?でも、俺も最初は居心地悪かったよ」
楽空は人懐っこく笑うと、アイスコーヒーを飲んだ。
それから、数時間して水咲が花音を連れてきた。
花音は二人の前にレモン色のタンクトップと白いフレアスカートに黒のサンダルを合わせたコーデで現れた。
「どうでしょう?」
水咲は自信ありげな笑顔で言った。
「うん。似合ってる」
凛斗は笑顔で言った。
「本当だ。いい感じ」
楽空もニコニコしながら言った。
「…ありがとう」
花音は少し照れたようにうつむいた。
「皇様。他にもご入用になりそうなものはあちらにご用意しました」
水咲が手で指し示した先にあるソファーには何点かの服から靴にいたるまでが置いてあった。
「そうか。じゃあ、全部くれ」
凛斗は笑顔で言うと、水咲に促され会計をしに行った。
「あの…!」
凛斗を引き留めようとした花音の肩を楽空が掴んだ。
「お金のことならいいって。あいつからのプレゼントだから、受け取っておけって」
「でも、このお店高そうなのに…」
「気にするなって、あいつ金持ちだから」
二ッと笑って言った。
ショップを出ると、楽空が荷物を車に置いてくる間、2件隣にあるカフェで待つことになった。
花音は凛斗とカフェに入ると窓際の席についた。
そして、花音はオレンジジュース、凛斗はアイスコーヒーをオーダーした。
「あの、すいません。あんなに服を買ってもらって」
「そこは、ありがとうだろ?」
凛斗は笑顔で言った。
「あ…ありがとう」
慌てて言った花音の表情を楽しそうに見て、凛斗は寂しそうな眼差しで視線をテーブルに落とした。
「凛斗さん、大丈夫…?」
「あ…ごめん。ちょっと、思い出したことがあって、つい…」
凛斗はすぐに笑顔になる。
「凛斗でいいよ。見た感じだと、そんなに歳も離れてないはずだから」
「でも、あたし、20歳だから。たぶん、凛斗さ…。凛斗より年下のはず」
「え…。俺より5歳下…?」
そう言うと凛斗は花音を真っすぐに見つめたまま動かなくなった。
凛斗の脳裏に美琴の顔が浮かび上がる。
「凛斗…?」
どうしたいいかわらずに困ったような花音の声に凛斗は現実に引き戻される。
「あ…ごめん」
凛斗は花音から目を逸らし、ため息をついた。
「大丈夫?」
「うん。妹のことを思い出しただけなんだ」
「妹がいるの?」
「うん。花音と同じ歳で、さっき行ったショップも妹がよく行ってたお店だったんだ」
凛斗は寂しそうに笑った。
「どうして、そんな顔するの?」
「え…?」
凛斗は自分で確かに笑ったはずだと、さっき自分のした表情を確認した。
「笑ってるけど…、哀しそう」
凛斗は思わず俯いて右手の平で額を覆い表情を隠す仕草をする。
そんなに顔にでてたのか…。
「あ…ごめん。あたし、余計なこと言ったよね…」
「いや…いいんだ。きっと、花音と出会ったのも運命なのかもしれない…」
今起こってることの答えを自分の心の中で探すように言葉にしていく。
「運命…?」
「妹と同じ歳で…」
同じように手首にリストカットの傷…。
「死んだんだ。妹は…」
その声は微かに震えていた。
そして、テーブルの上にポツリと涙が零れ落ちた。
「凛斗…」
花音は何もできずに俯くしかなかった。
なんで、余計なこと言ったんだろう…と自分を責めながら。
凛斗の涙は止まることなくポタポタとテーブルに落ち続ける。
流れる涙に歯止めをかけられない程に、こんなにも美琴の死が辛く哀しいものだったことに初めて気づく。
もう、乗り越えたと思っていたのに…。
失ったものは二度と戻らない。
その現実が零れる涙に拍車をかける。
それは、もう止めることのできない、今まで抑えてきた感情だった。
それから数分して、凛斗は顔を上げた。
その顔には涙はなかった。
「ごめん。驚いたよね。でも、花音のせいじゃないから気にしないで」
そこには穏やかな笑顔の凛斗がいた。
その笑顔は花音を安心させるための笑顔ではなく、本心からの笑顔だった。
凛斗にとって目の前の花音は心を落ち着かせる存在で、花音の前で泣いたら不思議と心が軽くなった。
今まで、この話を誰にもしたことがなかったのに…花音には話すことができた。
なんだろう?これは?
そんな疑問を抱えながらも、花音に安心感を覚えていた。
「あの。本当に大丈夫?」
花音は不安で今にも泣きだしそうな顔で言った。
「大丈夫。花音に話したら楽になったから」
「本当に?」
「本当に。だから、そんな今にも泣きそうな顔しないで」
凛斗は穏やかな笑顔で花音の頭を撫でながら言った。
花音は胸の奥が温かくなるのを感じた。
凛斗の手から伝わってくるのは、本当に花音を想いやる温かな気持ちだった。
それからは二人は打ち解けたようで、楽しそうに雑談をしていた。
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