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買い物を終えて約一時間半後、車に荷物を置いて帰ってきた楽空と一緒に凛斗と花音は街中を歩いていた。
花音の話では、あまり街中を出歩いたことがないと聞いていたので、それなら…と三人で街中を見て回ることにした。
本当なら、お洒落なお店でランチといきたいところだが、花音がテイクアウトできるお店にばかり興味を持ち、ファーストフードやクレープなどを食べ歩くため、お腹が膨らんでいく。
楽しそうにテイクアウト店を覗き見する花音を離れたところから凛斗と楽空は見ていた。
「食べ歩きしたことないって、どう思う?」
楽空が不思議そうに言った。
「おまえから、そんな言葉が出るってことは花音は普通の一般人じゃないのかもしれないな」
楽しそうな花音を見つめながら、凛斗は言った。
「だな…。何者なんだろう?」
「まあ、いいさ。花音が楽しそうだから」
凛斗がそう言っていると、ソフトクリームを買った花音が嬉しそうに振り返り凛斗に手を振った。
凛斗は同じように手を振り返す。
「俺がいない間に、二人とも仲良くなってないか?」
楽しそうな凛斗と花音を横目で見ながら、楽空が言った。
「そうか…?」
「そうとしか思えない」
楽空は仲間外れにされた子供のように凛斗を見ている。
「もしかして、焼きもち…?」
凛斗は楽しそうに言った。
からかっているのが見え見えの凛斗に楽空はムッとしたように目を逸らす。
「花音を見ていると、美琴と重ねてしまうんだ」
あまりにも穏やかな声で言う凛斗に思わず驚く。
そこには美琴の死の哀しみに縛られた凛斗の顔はなかった。
「本当は良くないのかもしれない。でも、どうしても美琴のようになってほしくない。そのためにできることは何でもする。どんなことをしても花音を守りたい。そう思っている」
清々しいまでの真っすぐな表情に楽空は微笑んだ。
そして、ソフトクリームを食べながら歩いてくる花音に視線を移す。
「そうか…。実は心配してたんだ。花音を助けた時。美琴に似た状況の花音がいることで美琴を思い出して、おまえが辛くなるんじゃないかって。実際は違ったけどな」
楽空はニッと笑った。
「ああ」
凛斗も穏やかに笑う。
「結果オーライ!ってやつだな」
楽空は嬉しそうに言った。
それもそのはずだった。
美琴が亡くなって五年になるが、その間、凛斗が笑うのを見たことがなかった。
今のように作り物ではない穏やかな表情を見たのも久ぶりだった。
それから、三人は日が傾くまで街を見て回った。
テイクアウトのある飲食店以外にも、雑貨や家具など、花音が興味を持つお店など行く場所は尽きなかった。
その日の最後は凛斗おススメのイタリアンレストランに行くことになった。
辺りも薄暗くなってきた頃、イタリアンレストランの前に三人はたどり着いた。
道路側は全面ガラス張りになっていて、お洒落な店内が良く見えるようになっていた。
店内では楽しそうに食事をする人々の姿が見えていた。
三人が店の入り口から入ろうとした時、店内から悲鳴がして、客席のある場所のガラスが割れ、何かが飛び出してきた。
飛び出してきたそれは人間の男の姿をしてはいたが、黒い翼と鋭い牙と長く伸びた爪を持っていた。
「あれは…!」
凛斗は花音を庇うように花音の前に立つ。
父さんと同じだ…。
楽空は警棒を二本取り出し、一つを凛斗に渡し自分の手にある警棒を伸ばした。
「凛斗。ここは俺に任せて、花音を連れて逃げろ」
凛斗が花音の顔を見ると、恐怖に引きつった顔をしている。
その顔を見る限り、恐怖で一人では逃げることができないだろう。
凛斗は楽空が一瞬で、そう判断したことに気づく。
「…わかった。でも、無理するなよ」
「俺を誰だと思ってるんだよ」
楽空はニッと笑った。
「俺のボディーガードだな」
「そう。その辺の男と一緒にするなよ」
「そうか。悪かったな。楽空。じゃあ、まかせたぞ。」
冗談交じりに言うと、花音の手を引っ張って逃げる。
「ああ。まかせとけ!」
化け物と化した男は凛斗達に気づくと、追いかけて来る。
楽空は警棒を構え、追いかけて来る男の長く伸びた爪を狙う。
武器になりそうな、その爪を折っておくのが賢明だと判断したのだった。
楽空は向かってくる男を避けるように、すれ違う一瞬に警棒で男の右手の爪を指三本分折る。
それから、男から離れ距離を取る。
ある程度の距離を置かないと、男の爪の餌食になるからだ。
しかし、男は楽空に爪を折られたにも関わらず、楽空には目もくれず凛斗と花音に向かっていく。
「なっ…!待て!」
楽空は慌てて男を追う。
凛斗と花音が狙われている?
「凛斗!」
楽空の声に、花音を引っ張って逃げていた凛斗は振り返る。
そして、男が追ってきているに気づくと顔色を変える。
「花音。どこかに隠れてろ」
そう言うと凛斗は男に向かっていく。
しかし、花音は恐怖で青ざめ、その場に座り込む。
凛斗は爪の折れている右側の脇腹に入り込み、警棒で腹部に一撃入れる。
男はよろけ数歩後ずさる。
その瞬間、男の左手の爪を楽空が指四本分折る。
爪を折られバランスを崩しながらも男は凛斗と花音のいる方向に向かっていく。
凛斗は向かって来る男を避けるように屈み、男の右の脛(すね)を警棒で打撃を与える。
男はバランスを崩しながら、ぐらりと倒れそうになり踏みとどまるが、右の脛の骨が折れたようで右足を引きずりながら花音に向かって行く。
楽空同様、凛斗には目もくれなかった。
しかし、花音が標的だとわかったことで、凛斗の顔から血の気が引いていく。
「花音…!」
凛斗は男を振り返り、警棒で男の首の側面を叩く。
衝撃でバランスを崩した男は倒れる。
普通の人間なら、これで気絶するはずだが、男は立ち上がった。
「…くそ!やっぱり、普通の人間とは違うのか…!」
「凛斗!左足潰すぞ!」
そう言うと、楽空は男の左側に回り込み左の脛を警棒で打撃を与えた。
男は左の脛の骨が折れたようで、その場に両膝をついた。
「やった!」
これで花音に近づけない!
そう思った時だった。
男の背中にあった黒い翼が開いた。
「まさか…」
凛斗は慌てて、男の翼に警棒で打撃を与え飛べなくしようとするが、瞬く間に男は飛び上がり空振りになる。
「飛ばせるか!」
楽空は叫んで男の黒い翼に警棒を投げた。
警棒は男の右の翼のつけ根に刺さる。
男はバランスを崩しながらも、それほど遅くないスピードで花音に向かって飛んでいく。
その間に凛斗は男の前に回り込もうと走り出す。
しかし、追いつくことはできず、動けずに座っている花音に近づいていくの見ていることしかできない。
…また、美琴を亡くした時のように何もできないのか?
凛斗の心が叫びにも似た悲鳴をあげる。
もう、同じ想いはしたくない!…と。
「花音!」
思わず凛斗は地面を強く蹴り、力を振り絞り走っていた。
絶対に花音は殺させない!
気がつくと凛斗は男を追い抜いてた。
そして、花音の目の前に立つと警棒を向かってくる男に向かって構えた。
持っている警棒では短く、男の体に一撃食らわせる距離に入る前に男の手に残された長い爪で引き裂かれるだろう。
それでも…花音を守れればいい。
凛斗は目の前まで男が迫ってきていても、花音の盾になるように警棒を構えていた。
それまで恐怖で動けなかった花音は顔を上げて凛斗を見上げていた。
その先から迫って来る男の姿も見えた。
このままじゃ、凛斗が…!
「やめてー!」
花音は叫びながら、見ていることができず強く瞼を閉じた。
次の瞬間、何かを強打するような鈍い音がして、花音は瞼を開ける。
凛斗から数メートル程先に男は倒れていた。
そして、凛斗の前には鉄杖(かなじょう)と呼ばれる2メートル程の長さの鉄の棒を持ったポニーテールの女の姿があった。
鉄杖とは格闘技に用いられる武具で、2メートルともなると重量は8キロ近くある。
その鉄杖で眷属化した男を鉄杖で数メートル先に吹っ飛ばす程の力を持っているのだ、並みの人間でないのは見て明らかだった。
服装は頭巾のない忍者のような袖のない忍び装束を着て、腕には黒い手甲をつけている。
花音は、その服装と鉄杖、そしてポニーテールには見覚えがあった。
女は倒れている男の前まで行くと、鉄杖で男を押さえつける。
「唯人様。神払いを」
女がそう声をかけた方向には唯人がいた。
しかし、いつもと様子が違った。
髪は白銀の長髪に変わり、瞳は碧く変わっていた。
胸の前に差し出した両手の中には水の塊ができていく、それから大きくなった水の塊は倒れている男を覆った。
すると、男を覆った水の中に黒い光が男の体から滲み出ていく。
次第に男の体から黒い翼と長い爪と鋭い牙が消えていく。
完全に男の体が人間に戻ると、黒い光を含んだ水の塊は天に向かって蒸発していく。
後に残されたのは人間の男だけだった。
唯人の姿が元の短い黒髪と琥珀色の瞳に変わっていく。
唯人はゆっくりと花音を見ると、青白い顔で微笑んだ。
「良かった。無事で…」
そう言って笑うと、唯人は意識を失い倒れる。
「唯人様!」
女は鉄杖を手放し唯人の元へ走り、唯人を受け止めた。
「花音。ケガはないか?」
心配そうに花音に手を伸ばしていたのは凛斗だった。
「う…ん。凛斗も無事でよかった」
凛斗の顔を見ると、花音はホッとしたように笑った。
凛斗の手を取り立ち上がり、花音は唯人を見た。
「知り合いなのか?」
「うん。あたしの許婚と、祓子の頭よ」
「え…?」
凛斗は花音の言葉に茫然とする。
許婚…?
頭の中が真っ白になると同時に愕然とする。
妹に彼氏ができた時のような…複雑な心境だった。
花音の表情が気になって恐る恐る花音の顔を見ると、不安にかられた表情で唯人を見ていた。
「あたし、二年前以前の記憶がないの。本当に許婚なのかも覚えてなくて…」
「…つまり、本当かどうかわからないって思ってるってことか?」
「うん。それで逃げてきたの」
そう言うと不安そうに、まだ掴んだままだった凛斗の手を強く握った。
「そうか…。でも、大丈夫。俺がついてる」
凛斗は花音の手を強く握り返した。
花音を不安にさせないように…。
「凛斗…」
それまで、不安にかられていた花音の表情は緩み、穏やかなものになっていた。
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