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20XX.03.03/04:45/神宮寺明
――テキーラ、グリーンペパーミントリキュール、ライムジュース……わかるね?
――モッキンバード。似た者同士とでも言いたいのか?
――そうさ、僕と君は似た者同士さ。ただ、やり方が違っただけ。それだけの話さ。
――どうしてメイを殺した。
――パルフェタムールとレモンジュース、シュガーシロップに炭酸水。
――ベルベットハンマー……今宵もあいつを思う、か。
――どうせ僕を殺すんだろう?
――ああ、今のお前の心はモヒートだ。
――渇きを癒して……か。
その日、神宮寺明は親友である春日明人をその手の拳銃で殺害した。
春日明――明人の妹にして、かつてアキラと婚姻の約束を交わした関係だった。だが、ある日彼女は兄である明人の手によって殺害された。明人がその理由を話すことなくあっさりと死を受け入れたことによって、メイの死の真相は闇に葬られた。
問答している余裕など無かった。この横浜港には数えきれないほどの奴らが息を潜めているからだ。
アキラは感覚を失った左足で赤い線を引きずりながら青いコンテナに赤い手形のスタンプを押して休めそうな場所まで辿り着くと、灰色のコンテナを背にしてずるりと尻餅をついた。
地面に広がる赤い染みが自分の血液であることさえわからないほど全身の感覚が麻痺していた。
とても寒い。手足の末端の感覚が無い。
補血アンプルを取り出そうと、腰のベルトに固定したメディキットに手を伸ばすが、ほとんどを使いきっており、残りのアンプルは全て割れてしまっていた。
――あたしたちが結婚したら同姓同名になっちゃうね。
そうやって嬉しそうにはしゃぐメイの姿がアキラの脳裏をよぎる。
「X・Y・Z……ここまでか」
アキラはよく明人とこのカクテル言葉を二人だけの暗号として用いていた。ポケットからソフトボックスの赤マルを取り出すと、残りの本数もそろそろX・Y・Zだ。
手には明人の形見、そして決意の証として押収したステンドグラス風に聖母マリアがデザインされたジッポだ。
クリスチャンでも無いくせに、まるで祈るかのようにそれを擦って咥えた煙草に火を点ける。
そしてアキラ自身のX・Y・Zを告げるようにあの湿った足音がだんだんと大きくなる。
奴が来る。
今アキラがいるのはまさにコンテナに囲まれた袋小路だ。逃げ場など無い。アキラは神奈川県警から持たされているニューナンブM60の弾倉を確認すると、弾は一発しか残されていない。
現行で警官が携帯しているサクラよりも威力も安定感もあることからアキラはニューナンブを好んで使っている。そのニューナンブのお気に入りの一撃を自分の頭にブチ込むかバケモノにブチ込むか……そんなことを思っているうちにバケモノ――いや、レベナント。アドラステア社が開発した次世代型医療技術、ライフオブザーバーによって生み出された生ける屍。
通常、ライフオブザーバーは埋め込まれた本人の死亡と同時に機能を停止し、役目を終えるはずだが稀にライフオブザーバーが機能したまま肉体を支配し、本能のままに彷徨うレベナントとなる。
レベナントは生命維持を第一に行動し、生存するためならば虫でも人間でも食えるものはなんでも食う。
ひたりひたりと距離を縮めるレベナントからすれば、アキラの血はさぞご馳走のにおいがするのだろう。
アキラは意を決してニューナンブの弾倉を親指で弾くと、ランダムに回転された弾倉を銃身へと跳ね戻す。
まずは自分のこめかみに一発。それで死ねなかったら迫り来るレベナントに向かって引き金を引き続けることにした。
作業着姿の中年男性のレベナントがアキラの視界に現れた。
アキラは決意とともに自らのこめかみに銃口を突きつける。
そして、一発の銃声が辺りに木霊する。
どこかでカラスが羽ばたいた気がした。
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