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第390話 【完結】誓いの口づけ
「カミル……」
私は、ふらふらと立ち上がる。姉様の治癒で傷は治っているけど、まだ手足に力が入らない。よろけながらカミルに近づこうとすると、彼が慌てて駆け寄ってきて、私の腰を支えてくれる。
「ごめん。お姉さんを守るなんて言ったのに、こんなに痛い思いさせちゃって」
「ううん。助けてって叫んだら、本当に助けに来てくれた……嬉しい」
「急いで向かっていたんだけど……ロッテお姉さんの声、聞こえたよ。お陰で、とっても焦っちゃった」
あ……あれ、聞こえたんだ。あの時はまだ、すっごく離れていたはずだけど……
「そっか。心が通じ合ったみたいで……ちょっと幸せかな」
それからちょっとの間、私たちは真っすぐお互いの眼を見つめていた。
「あの……私、カミルに会ったら、言わなきゃいけないって思ってたことがあるの」
「ぼ、僕も、お姉さんに言わないといけないことがあるんだ」
「じゃあ、カミルから先に……」「いやお姉さんからで」
なんだか食い気味にかぶせられて、私は思わずおかしくなって笑ってしまう。なんだかこういう物慣れない少年みたいなところ、すっかり大人の見た目になった今でも、変わらないなあ。でも、そういうところが、たまらなく好きだ。この想いはたった今、伝えないといけないよね。
「ねえ、カミル。私を、守ってくれるって言ってたよね」
「う、うん」
「じゃあ、一生守って。私が人族の短い寿命を使い切って死ぬまで、隣で守ってほしい」
くっ、これは結構、口にすると恥ずかしい。客観的に見るとこれは、逆プロポーズになっちゃうよね。貴族令嬢としてはありえない、はしたないって言われそうだけれど、一回死にかけた私に怖いものはないんだ、カミルと一緒に、残りの人生を歩きたいんだ。
「あ……」
なんだか、カミルが挙動不審になっちゃってる。顔を紅くしているから、イヤではないだと信じたいけど、なかなか返事が帰って来ないのは、とっても心配になる。まさか、火竜の国で、強い竜のお嫁さんを見つけたのだろうか、だったら私は身を引き……いや、絶対に引きたくない。炎に焼かれながら自覚したあの想いは、もう止められないんだもの。
ぜんぜん応えてくれないカミルにしびれを切らし、さらに言い募ろうとする私を、その時カミルがぐっと引き寄せ、すっかりたくましくなったその胸板に、ぎゅうっと抱き込んだ。
「ロッテお姉さん、いや、シャルロッテ嬢……」
抱き締めてくれるのは嬉しいけれど、なんで何度も私の名前を呼ぶのよ、それもいちいち呼び方を変えて。不審を覚えてカミルを見上げる……ほんとに、いつのまにかこんなに背が高くなっちゃって。
「……ロッテ」
「はい」
私は、短く応じる。いいことか悪いことかはわかんないけれど、カミルはこれから、きっと大切なことを伝えてくれるはず。
「僕と一緒に『つがいの呪い』を受けて欲しい」
「はい?」
とりあえず他にお嫁さんを見つけたとかではなかったので安堵したけれど、何だっけ、その呪いって。どっかで聞いたような。
「『呪い』を受けて、生涯僕の隣にいてくれないかな。そして、僕の、こ、子供を……」
「産むわっ!」
私は、即答した。
そうだ、思い出した。火竜の女王であったカミルのお母さんが、夫君であるフェルディナン様に提案した、片翼が死なないうちはもう片翼も決して死ねないという、ヤンデレ極まる呪いのことだった。
「いいの?」
「うん。私は、カミルが好き。ずっと一緒に居たいんだって、自覚したの。だけど私の短い人生の後、カミルが何百年も寂しい思いをするなんて耐えられない。呪い? 呪いなんて言うからびっくりしちゃうけれど、私にとってそれは祝福よ。そんな幸せな契約なら、喜んでするわ! そして、カミルの赤ちゃんを必ず産む、一杯産むわ!」
何か自分でも暴走気味な気がするけど、あの火刑をくぐって「無敵の人」になってしまった私は、後で振り返ったら黒歴史になりそうな台詞を、一気にしゃべり切った。
私の腰に回したカミルの腕に力がこもり、その瞳がいつもの茶色から、ルビーのような真紅に変わる。うん、次は……やっぱり、する流れよね。私だってもう十九なのだ、こういう時に男の子がしたいことはわかってるはず。少し上を向いて、唇は半開き、そしてまぶたを閉じて……
期待通りなのだけれど、そこから先はたっぷり唇も舌も貪られて、ここ数ケ月あげてなかった魔力も、これでもかと言うくらい吸い取られた。危うく死にかけたばかりの私に、ずいぶん大胆な扱いをするものだなあと思っちゃったりもするのだけど……うん、とっても幸せだ。
いったい何分、口づけを続けていただろう。背後からかけられた声で、我に返った。
「はい、それ以上のあれこれは、ここでしちゃダメよ。そしてあなたたち、ここは中心街の広場……二人とも服くらい着ないと、別の意味で捕まっちゃうわよ?」
レイモンド姉様の少し呆れたような声に、とっても大事なことに今更気づく私。そうだった、カミルは獣化を解いたばかりで、もちろん服なんか着ていない。そして私の服は、火が回ってすっかり焼け崩れてしまって……つまり、私も裸なのだ。
「ひいいっ!」
とても聖女とは思えない私の叫びが、広場にこだました。
◆◆作者より◆◆
作者の趣味的な世界にここまでお付き合いいただきありがとうございました。
本編はこれにて完結です。気ままに後日談など上げていくかもしれません。
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