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「いや、無理なんじゃないの」
そうバッサリ切り捨てたのは、隣の席の小津だ。
同じクラスの、演劇部のイケメン。けっこう人気があるみたいで、夏休みに行われた演劇部の一年生公演では、彼目当ての女子たちで会場が満席になったらしい。
「なんでさ。無理とは限らないじゃん」
「限るでしょ、小学生のころから女嫌いって。どう考えても筋金入りでしょ」
「そんなことは……」
だって、もっと小さかったころはふつうに女子とも接してたみたいだし。
それに「男子が好き」ってわけでもなさそうだから、それならワンチャンあるかなって。
俺がぼそぼそ訴えると、小津は「ワンチャンねぇ」と嫌みったらしく笑った。
「で、この間の作戦の結果は?」
「……作戦?」
「とぼけないでよ。この間、僕が提案した作戦。『同じクラスの男子にちょっかいだされて困ってる』って訴えて、反応見てみなってやつ」
わかってる。ほんとは覚えてるよ。
実際、ちゃんとやってみたし。
「じゃあ、結果は?」
ノーコメント。
「なるほど、イマイチってわけね」
「勝手に決めんな」
「じゃあ、お望みどおりの結果が出たの? やきもち妬かれたり、僕のことを警戒するようなそぶりを見せてくれたりしたわけ?」
こういうときの小津は容赦ない。これでもかと詰めてくる上に、どんなに俺が困っていても逃げ道を作ってくれない。
結局、しぶしぶ白状した。
「『そいつ、お前と友達になりたいんじゃねーの』だって」
「ハハッ、ともだち」
ともだち、と小津は二度繰り返した・
「残念。嫉妬とはほど遠いね」
うるさい。現実を突きつけるな。
ふてくされる俺に、小津は少しだけ目元をやわらげた。
「だからさ。いい加減あきらめて、僕にしておけば?」
「それは無理」
「じゃあ、せめて男っぽくふるまうのやめたら?」
これには、即答できなかった。
だって、ひそかに何度も考えたことだから。
もうやめようか。これって意味あるのかな。
でも──
(女の子っぽくふるまったせいで、みっくんに避けられるようになったら?)
そんなの耐えられない。みっくんが俺以外の誰かを好きになるより、もしかしたら辛いことかもしれない。
だったら、今のままでいい。
ただの幼なじみとして、ずっとずっとみっくんのそばにいたい。
そんな俺を見て、小津は「あのさぁ」と声色を少し固くした。
「いちおう指摘しておくけど。性同一性障害でもないのに、自分のことを『俺』っていうの、端から見ていてかなり痛いからね」
「……」
「それに、そういうのいつまで続ける気? 大学生になっても? 社会人になっても? 中身は女性なのに、いつまで自分を偽り続けるわけ?」
「そんなの──」
わかんないよ、俺にも。
唇をかみしめてうつむくと、小津はあからさまにため息をついた。
「キミのそれって、単にやめどきを見失ってるだけなんじゃないの?」
「やめどきって?」
「いろいろ。男っぽくふるまうこともそうだし、あとは、まぁ……」
小津は言葉を濁したけど、言おうとしていることはなんとなく想像がつく。
みっくんへの想い。
ずっと抱えてきた初恋を、手放すこと。
でも、できない。
それが簡単にできるなら、今、俺はこんなに胸が苦しくなっていないのだ。
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