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週末、俺は生まれてはじめて髪の毛を短く切った。もともと背が高いこともあって、お父さんからは「男の子のようだ」と嘆かれたけれど、それを狙っていたわけだから、内心「よしよし」とテンションあがりまくりだ。 それから、スカートを履くのをやめた。自分のことを「私」から「俺」って言うようにした。両親からは何度も「やめなさい」って注意されたけど「学校で流行ってる、女子もみんな自分のことを『俺』って言ってる」って嘘をついて、意地でも「私」には戻さなかった。 さらに、彼と同じ野球チームに入ることにした。所属できるのは男子のみだったけど、もともと男の子のふりをするつもりだったから特に問題はないように思えた。名前は「酒匂あやお」。保護者からの同意書はいとこのお姉ちゃんに代筆してもらったし、印鑑の置き場所は知っていたからこっそり借りてポンってつくだけ。ユニフォームやスパイクは「ソフトボールクラブに入部したから」みたいな理由をでっちあげて、なんとかひととおり揃えてもらったように記憶している。 今、思えば、よくこんな嘘がまかりとおったものだ。うちが共働きかつそこそこ放任主義じゃなければ、もっと早い段階でバレていたに違いない。 とにかく「男子」として野球チームに入団した俺は、何の苦もなくみっくんとチームメイトになった。 当時からみっくんは面倒見がよくて、新入りの俺のことをすごく気にかけてくれた。人より運動神経がよかったことも、たぶん幸いしたんだろう。 『お前、もっと頑張ればもっともっとうまくなるぞ』 そう褒められて背中を叩かれたときは、嬉しくてちょっと泣きそうになった。 だから「実は女子でした」ってバレたときは、それこそ文字どおり目の前が真っ暗になった。 監督には呆れられたし、両親にはめちゃくちゃ怒られた。俺のせいで父兄会まで開かれたらしい。 でも、当時の俺が一番怖かったのは、みっくんに嫌われることだった。 もう二度と、会話どころか近づくことさえできないかもしれない。だって、女子の話題が出ただけで、鳥肌をたてるような人だ。 だから、父兄会で入団が認められたあとも、すぐには喜べなかった。 野球を続けられるのは嬉しかったけど、みっくんの件はどうなるんだろう。 やっぱり嫌われるのかな。だったら野球やめようかな。 でも、やめたくないな。みっくんと仲良くなりたくてはじめた野球だけど、めちゃくちゃ面白くて今は大好きだしな。 そんなわけで鬱々と迎えた放課後。スポーツバッグを片手にのろのろと野球場に向かう俺の前に、ユニフォーム姿のみっくんが現れた。お互いの家から一番近い交差点のところで、わざわざ待っていてくれたんだ。 『よう』 みっくんは、ちょっと笑うと寄りかかっていたガードレールから身体を起こした。 『どうして?』 『……』 『みっくん、怒ってないの?』 俺、嘘ついてたのに。 ほんとは女子なのに。 『俺と一緒にいるの、嫌じゃないの?』 みっくんは、ちらっと俺を見た。 それから「面倒くせーな」ってかんじで頭を掻いた。 『だってお前、どう見ても男じゃん』 あの瞬間のことを、俺は今でも忘れていない。 本当に、霧が晴れるように目の前がパァァァッと明るくなったんだ。 呆けたように立ち尽くす俺を見て、みっくんは怪訝そうに首を傾げた。 『なにやってんだ、早く練習にいこうぜ』 あれから6年。 俺は、今もみっくんの隣で「俺」って言いつづけている。 だって、それが隣にいる条件だから。 そうしなければいけなかったから。 高校生になったみっくんは、さすがにもう女子の話題で鳥肌をたてることはない。一部の、気の合う女子とも、ふつうにおしゃべりできるようになったみたいだ。 それでも「苦手」って気持ちはやっぱりまだ消えていないみたいで。 (どうすれば、いいんだろう) 俺は、どうすればいいのかな。
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