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その小津は、学食から戻ってきた私を見るなり何か言いたげに眉をひそめた。 「……なに」 「いや──なんかあったのかなって」 「なんかって?」 「わかんないけど。なんとなく何かあった気がしただけ」 答えともいえない答えを口にして、小津は手元の冊子に視線を落とした。 少しホッとした。だって、自分でも今の心境をうまく説明できそうにないから。 「なんかあったか」って? あったよ。みっくんに、俺のスカート姿を見られた。で、「女装」って言われた。ただそれだけ。 これを短くまとめるなら「俺がスカートを履いても何も起こらなかった」といったところ。 ああ、めでたい。俺たちの6年間は、俺が女子っぽい格好をしたくらいでは何も変わらないことが証明されました。 なのに、時間が経つにつれてジワジワと妙な気持ちになっている。 最初はたしかにホッとしたはずなのに、今は「あれ、これまずいんじゃないか」ってモヤってる。 だって、よくよく考えてみたら、俺はいつか女子に戻りたいはずなんだ。 みっくんの「女嫌い」が完全になおったら、女子に戻って、みっくんと恋がしたい。 けど──それって可能なのかな。 これから先、俺がどんなに女の子らしい格好をしても、みっくんは「あいつ今日も女装してんなー」としか受け取らないのでは? だとしたら、俺とみっくんって恋できんの? これって、ぶっちゃけ詰んでない? (ああ、ダメだ) 頭のなかがグルグルしてきた。 ひとまず気分を変えようと俺は隣の席に向きなおった。 「なに読んでんの」 「演劇部の台本」 「どんな話?」 「ファンタジーだよ。主人公が異世界に転生して〜みたいな最近流行ってる系統のヤツ」 へぇ、面白そう。 見せて、と覗き込もうとすると、あっさり手でさえぎられた。「学園祭でのお楽しみ」って、必ずしも観にいけるとは限らないんだけど。 まあ、いいや。小津の邪魔をしたいわけじゃない。 仕方なく、俺はスマホを手に取った。 メッセージアプリを開くと、一番上にみっくんのアカウントが表示された。今朝のやりとり。スカート云々を隠して送った「目覚まし鳴らなかった」「でもギリギリ間に合いそう」──以降、更新されていないメッセージ。 「主人公は、呪いをかけられるんだ」 ぽつ、と小津が口を開いた。 「今回の主人公は18歳の少年なんだけど、異世界に転生してすぐに呪いをかけられて、おばあさんになってしまう。でも、そのおかげで一緒に転生してきた片想いの相手に優しく接してもらえるようになるんだ」 「え、なんで?」 「相手の女子が、いわゆるツンデレ系だから。そのせいで、転生前も転生後も主人公への態度はかなりキツい。ただ、根は優しいからお年寄りに対しては親切ってわけ。で、少女と主人公は急激に親しくなるんだけど、当然『おばあさん』のままでは想いを伝えることなんてできやしない」 「ふーん」 どこかで聞いたことがあるような、ないような。 まあ、つまり「ありきたりな話」ってことなんだろう。 でも、演じるほうは大変そうだ。たぶんひとりで「少年」と「おばあさん」を演じるんだろうし。 「解いてあげようか」 いつのまにか、小津はページをめくる手をとめていた。 「君にかけられた呪い、僕が解いてあげようか」 なんだその申し出。失礼にも程があるだろ。 だって、俺は呪いにかけられてなんかいない。俺が今こんなふうなのは、俺自身が決めて、俺の意思でやっていることだ。 なのに、小津は俺から視線を逸らさない。いつものような揶揄する雰囲気も感じられない。 まじめな、小津らしくないまっすぐな眼差し。 だからなのかな、俺はつい訊ねてしまったんだ。 「へぇ、どうやって呪いを解くの?」
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