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そう言うなり、小津は俺との距離を詰めてきた。
俺はまあまあ背が高いけど、小津はさらに3センチほど高い。
つまり、詰め寄られると目線がちょうど同じくらいになる。
「え、なに?」
なに言ってんの、冗談だよな?
へらりと笑ったけど、小津は笑わない。
すごい真顔でどんどん俺に近づいてくる。
「冷静に考えてみたらおかしいよね。僕は君が好きなのに、君の恋路に協力するなんて」
「へ? いや、けど……」
「前々から思ってたけど、君は彼より僕と付き合ったほうが幸せになれるはずなんだ。僕は、最初から君を『女子』として見ているし、恋愛相手として君を意識している。つまり、君さえ心を決めてしまえば、すぐに僕との『恋愛』が成立する」
いやいや、成立しないじゃん!
俺、小津に恋してないし!
「それに比べて『みっくん』はどうなの? 君を意識してるの? 君と恋できるの? 君が、方向性を間違っているとはいえ6年間も必死に努力してきたのに、彼はそれに見合うものを返してくれるの?」
そんなの知らない。
見合うものを返してほしくて、俺はみっくんを好きになったわけじゃない。
なのに、小津は「嘘だね」と薄く笑う。
「それが本当なら、君はとっくに男子のふりをやめているはずだ」
「なんでだよ!」
「本当にただ好きでいられればいいだけなら、君がふつうの女子に戻ったところで何ら問題はないからだよ。そりゃ、いざそうなれば、幼なじみの彼は君を避けるようになるかもしれない。けど、君はそれでも構わないはずでしょう? 好きでいる自由は残されているんだから」
小津の指摘に、俺は息をのむ。
そうだ、たしかにみっくんが俺と距離を置いたとしても、俺はみっくんを想い続けることはできる。だって、心は自由だ。そこまで邪魔されることはない。
けど、ああ、だけど──
口ごもる俺を見て、小津は「ほらね」と唇を歪めた。
「結局、無理なんだよ。『見返りを求めない』なんて」
「……っ」
「君は、彼を好きなだけじゃ満足できない。彼に好かれたい。お付き合いしたい。自分の想いと同じものを、彼にも返してほしい。だから、無理して彼のそばにいて、その機会をずっとうかがってきた──でもさ」
ドンッと鈍い音。
小津が、俺の逃げ道を塞ぐように壁に手をついてきた。
「それって本当に叶えられるの? 彼は、君と恋してくれるわけ?」
どこまでも容赦ない指摘に、俺はなんとか反論を試みる。でも、言葉が出ない。なにも浮かばない。なにを返せばいいのかまるでわからない。
がつん、とかかとが壁に当たった。どうやら俺は、いつのまにか後退ろうとしていたらしい。
嫌だ、もう逃げ場がない。
怖い、怖い。
目の前に迫っている小津ではなく、6年間目を背け続けてきた事実をこうして今突き付けられたことがただ怖くて、俺は……俺は──
「てめぇ、何してやがる!」
突然の怒声が、中庭いっぱいに響き渡った。
小津の身体がなにかに突き飛ばされたように跳ね、おでこにすさまじい衝撃が走る。
まさかの頭突き。でも、これは小津が意図したことじゃない。
グラグラする頭を抱え、なんとか視線をあげた俺は、小津の肩越しに大好きな幼なじみの姿をみとめた。
弾んだ息、つりあがった眼差し、絵に描いたような見事な仁王立ち。
「いい度胸じゃねぇか。俺の幼なじみにカツアゲか!?」
ああ、やっぱり。
みっくんって、そういう人だよね。
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