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最悪、と小津が吐き捨てた。 それが、みっくんの突然の跳び蹴りに対してなのか、俺に頭突きする結果になったからなのか、それともこの一連の流れをカツアゲと勘違いされたことについてなのか俺には判断できないのだけれど、彼が今かなりの苛立ちを抱えていることは、さすがに十分伝わってきた。 とはいえ、一方のみっくんもまだまだ臨戦態勢だ。「来るなら来い」って顔をしている──どころか、自分より高い位置にある小津の胸ぐらを、今まさにつかみあげたところだった。 「ふざけんなよ、この野郎。金が必要ならてめぇで用意しろ」 「……は?」 「次、酒匂に手ぇ出してみろ。今度こそ、ボコボコにしてやっからな」 ああ、ほんとみっくんらしい。小学生のころ、俺や同じ野球チームの後輩が他チームの連中に絡まれたときと同じ。みっくんは、一度懐に入れた人たちに優しい。それが年下だとなおさらだ。 ちょっと目頭が熱くなった。みっくんのこういうところ、ほんと好きだ。恋だの愛だのはおいといて、人としてこういうみっくんが俺は大好きなんだ。 けれども、そんな感傷的な気分は小津の舌打ちで吹き飛んでしまった。 「なに言ってるんですか。あんたこそ引っ込んでろよ」 「なんだと?」 「僕たちは大事な話をしているんです。部外者の出る幕じゃありません」 あれ、と思った。小津の声音が少し変わっていた。あいかわらず冷ややかだけど、さっき俺に詰め寄っていたときよりも余裕がある。しかも、どこか芝居がかっているような感じ── ああ、そうか。 これはわざとだ。小津は、俺との約束を実行しようとしてくれているんだ。 あれ、でも、じゃあ、さっきまでのは一体なんだったんだろう。 あれも演技? それともあっちは本気? ぐるぐる考えこんでいるうちに、みっくんは更なる怒りを爆発させていた。 「誰が部外者だ、この野郎」 キャッチャーとして鍛えに鍛えた腕力を、ここぞとばかりに発揮している。 さらに強い力で胸元を締めつけられて、小津の右手が手招きするように動いた。 俺に助けを求めているんだと気づくのに、少しばかり時間を要した。 「待って!」 そうだ、誤解を解くのは俺の役目だ。 俺は、慌ててふたりの間に割り込んだ。 「みっくん落ちついて! 俺、カツアゲなんてされてない!」 「は?」 「みっくんの勘違い! カツアゲとか、そういうんじゃないから!」 背後で、小津が息をついた。「遅すぎ」という非難は、まあ、そのとおりだから素直に受けとめよう。 みっくんは、驚いたように俺を見た。なんていうか、自信をもってピッチャーに投げさせたボールを、軽々とスタンドに運ばれたときみたいな感じ。 小津は、あからさまにため息をついた。それから、またもや芝居がかった仕草で俺の肩に手を乗せた。 「告白していたんですよ」 酒匂さんに。僕、彼女のことが好きなので交際を申し込んでいたんです。 小津の言葉に、不覚にも胸を揺さぶられた。 だって、これってまるで恋愛ドラマのワンシーンだ。 男子ふたりと女子ひとり──いや、パッと見は男子3人か。あれ、でも、それじゃ、ドラマのワンシーンみたいにはならない? でも、最近は男同士でこういう展開になるドラマもあったはず。まあ、俺は男じゃないけれど。 そんなことをずーっと考えていた俺は、実のところたぶん相当混乱していたんだろう。 だって、みっくんが、俺の知らない顔で俺を見ている。どこか傷ついたような、裏切られたような、ああ、うんやっぱり自信をもって投げさせたボールが満塁ホームランをくらったときみたいな? 胸が高鳴った。 もしかしたら、もしかするかもしれない。 この6年間、どうにもならなかった俺たちの間にいよいよ何かしらの変化が起こるかもしれない。 みっくんが、俺のことを意識してくれたら。 ほんの少しだけでも、これまでとは違う目で見てくれるようになったなら。 「ああ、ええと」 みっくんは、戸惑ったように視線をさまよわせた。 それから、どこか気まずそうに頭をかいた。 「なんか、その……悪かったな」 ──え? 「いや、うん──まあ……俺の早とちりだった」 なにこれ。なんで、みっくん謝ってんの。 なんでそんな中途半端な感じで笑ってんの? いや、ある意味すごいよ? だって、この6年間で初めて見たもん、みっくんの愛想笑い。 でも違う。こんなみっくんを、俺は見たかったんじゃない。 そうじゃない、そうじゃなくて── なのに、みっくんは俺から目をそらしたまま、もう一度力なくへらりと笑った。 「じゃあ、その……仲良くな」 決定打だった。それが、みっくんの答えだった。 そう認識した瞬間、まるで何かのスイッチを押したかのようにぶわぁっと涙があふれ出た。あまりにも突然ですごい勢いだったから、一瞬自分の涙腺が壊れたのかと疑ったくらいだ。 「さ、酒匂さん?」 背後から、動揺したような小津の声。へぇ、小津ってそんな声も出せるんだ。でも、それが演技なのか本気なのか考えるだけの余裕が今の俺にはない。 みっくんも、呆けたように俺を見ていた。 まあ、そうだよね。みっくんの前で俺が泣くの、たぶん小学生のとき以来だよね。
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