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そのあとのことは、あまりよく覚えていない。
気がついたら俺は演劇部の部室にいて、自分のものではないハンカチを握りしめてえぐえぐ泣き続けていた。
隣にいたのは小津だった。みっくんはどうしたんだろう。でも、名前を口にしようとしただけでまた壊れたみたいに涙があふれてくるんだから、今は考えないほうがいいんだろう。
ようやく口を開けるようになったのは、5時間目開始のチャイムが鳴ったあと、しばらく経ってからだった。
「あ、あのさ」
「うん」
「授業……ごめん……」
「いいよ。僕、現国はそんなに好きじゃないし」
小津は、手にしていた冊子をぱらぱらめくっていた。たぶん、今度の学園祭で演じる呪いをかけられた少年のやつだ。
呪い──そう、呪い。
俺の呪いは、たぶん今回ので解けた。
6年間、俺が「俺」と言い続けたのは無意味だった。俺はみっくんの友達や後輩にはなれたけど「好きな人」にはなれなかった。それは揺るぎない事実で、俺は自分を「俺」という必要性を今や完全に見失っていた。
「あのさ」
息を吸うと、餌付きそうになった。まだ喉がヒクヒクしていろいろ辛い。
「俺……俺、失恋したんだよな」
口にしたとたん、また涙があふれてきた。まずいな、ほんとに涙腺が壊れてしまったのかも。
小津は何も答えなかった。だから俺は、気が済むまでまたえぐえぐえぐえぐ泣き続けた。
ああ、辛い。悲しい。苦しい。
きっと、もう二度とみっくんには会えないんだろうな。
さよなら俺の6年間。
誰よりも大好きだった、ちびっこヒーロー。
明日からスカート履こうかな。それくらいしないと吹っ切れそうにない。
心のなかで呟いたつもりが、うっかり声に出ていたらしい。
「いいんじゃない」
ようやく、小津が口を開いた。
「君、スカートのほうが似合ってるし」
「そんなこと言うの、小津だけだよ」
「逆でしょ」
小津は、後ろの棚から別の台本を取り出した。
「似合わないと思ってるの、君と君の幼なじみだけだよ」
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