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そう、俺は女子が苦手だ。 とはいえ、昔からそうだったわけじゃない。 小学校低学年くらいまでは近所の女子ともふつうに接していたし、遊ぶこともそれなりにあったくらいだ。 苦手になったのは5年生のとき。二学期がはじまってすぐ、まだ夏の名残があちらこちらに残っていたころだったか。 ──「放課後、中庭に来てください」 ある日、そんな手紙が机のなかに入っていた。 なにかゲームでも始まんのかな、と期待に胸を弾ませて中庭に出向くと、真新しい百葉箱の前に隣のクラスの女子が立っていた。うっすらと見覚えがあるだけの、よく知らない女子だ。 「光秋くんのことが好きなの。付き合って」 付き合う? 何に? いまいち飲み込めないでいる俺に、その女子は「恋人になって」と言いなおした。 それなら理解できた。だから正直に答えた。 「なれねーよ。俺、お前のこと好きじゃねーし」 今にして思えば、ずいぶん遠慮のない言い方だ。 けれどそれが本音だったから、俺はバカ正直にそう答えた。だって、どう考えたってよく知らない女子と恋人になんてなれねーし。 でも、その女子はそうは思っていなかったらしい。 「信じられない」とばかりに俺を睨みつけると、頬を赤らめてその場を走り去った。照れとかじゃない、おそらく怒りで興奮していたんだろう。 それでも、ふつうならこれでおしまいだ。 けど、そうはならなかった。 数日後、クラスにおかしな噂が広まった。俺が、例の隣のクラスの女子を中庭に呼び出してひどい乱暴を働いたのだという。 もちろん、事実無根の大嘘だ。 けれど、それを信じた女子十数名は、俺を囲んで口々に罵倒した。「あの子が可哀想」「お前は変態だ」「あの子に謝れ」「二度と学校に来るな」── 疑いが晴れたのは、たまたまあのときの一部始終が防犯カメラに残っていたからだ。1ヶ月ほど前から百葉箱へのいたずらが絶えなかったため、期間限定で設置していたらしい。 俺への疑いは晴れ、噂はあっという間に消え去った。 残ったのは、俺の女子に対する嫌悪感だけだ。 人を陥れる嘘を、平気でつくところ。 集団で押しかけてきて、これでもかと罵倒するところ。 こちらの言い分には一切耳を貸さず、誤解が晴れても謝罪ひとつしないところ。 ──わかってる。こんなのは、あくまで女子のほんのひとにぎりだ。みんながみんな、あんなふるまいをするわけじゃねぇ。 それでも、一度生まれた苦手意識は、そう簡単には消えなかった。 高校生となった今、さすがに気の合う女子とはふつうに会話できるようになったものの、それ以外の相手に対しては、今でもつい身構えてしまう。好意を向けられていると感じた相手には、なおさらだ。 だから、極力ふたりきりになる状況を作らない。 伝えたいことがあるなら、その場で、人前で伝えてもらう。 それを「ひどい」というなら、たぶんそうなんだろう。 けれど、それが俺なりの防衛手段なのだ。
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