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04.シャーデンフロイデ
人の不幸は蜜の味。「シャーデンフロイデ」というドイツ語でも存在する。でも、俺はサクサク処刑したいからさ、ノリノリでこう言っちゃうよな。
「サクサク、処刑」
独り言を俺は上機嫌でつぶやく。サクリファイスは生贄の意味だが、生き返った記念に、『処刑』という意味で使うことにする。だって、語呂がいいし。ここが日本だったら流行語大賞はいただきだな。
リフニア国の衛兵の首に人差し指をかざして喉をかき切る。衛兵の首には横に一本の赤い線が走る。血の線。痛みを感じたときには滲み出た雫が喉を伝うだろう。あわあわと口を開きかけた衛兵。じわりと傷口が口を開けて広がっていく。首を跳ね飛ばすほどの切断魔法もあるけど、俺はじっくり処刑するのが好きだ。だってほら、俺は何時間、何日、何週間にも渡って死を与えられた。
俺は今解放されているはずなのに、あのときの鞭の激痛が、幻肢痛となって背中に蘇る。忘れることはできない。魔法や呪いの存在する世界で、俺は重苦に囚われている。一度死んでいる。
だから俺は俺を救う。今は女神フロラ様から与えられた新品の身体だ。この細い指だって、ちょっと女臭くなったのを除けば生前の俺にそっくり。銀髪で、日本人にはとても見えないけど。指は人体破壊魔法の一つである切断魔法でメスの切れ味を持っている。リフニア国の衛兵ならいくらでも殺して構わない。俺は優しいから、死の自覚を与えてやる。
衛兵が喉からほとばしる血を両手で受け止めようと、もがくのが滑稽だ。助けを呼ぼうと振り向いてももう遅い。どっと、足元に転がって、このオペラ座の赤い絨毯にその血を塗り広げる。
「エリク王子様に早く会いたいもんだ」
独り言のつもりだったけど、俺の首につけたチョーカーの漆黒の宝石からピクシー妖精のリディが飛び出してきた。
「キーレ! むやみやたらに殺したら駄目って、言ってるでしょ」
服も髪も目も真っ黒で邪悪な相棒に相応しいと思っているのに、こいつは俺に説教をしたいらしい。
雰囲気的に俺より年上な感じがする。二十歳は越えてるかも。だけど、この保護者のような物言いは、ふざけてるのか?
「こいつは、あのときの廊下で俺を捕まえにきた一人だ」
俺は地下牢の拷問部屋に入れられる前にも、酷い目に遭っている。目の仇にされているんだ。殺られる前に殺らなくてどうする。
「女神フロラ様は、あんたに幸せになってもらいたいから生き返らせたこと。忘れないで」
きつい口調だったけど、最後の方だけ尻すぼみになるリディの声。そういう、同情は苛々してくる。俺は、復讐の機会を与えられて幸せだっての。エリク王子を処刑するときには天にも昇る気持ちになれるぞ。
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