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「……アダムさんって、人間とはいままで何回交尾したんですか?」
改めてそう聞かれるとよくわからなかった。はじめてはもちろんニコラだけど、パリに上京してから寂しくて限界だったときに、身体だけの関係を数回……五、六回? いや、もう少しあったかな?
答えに詰まっていると、突然コトンが俺の胸に爪を立てた。……痛ぁ!
「何で無言になるんですかっ! 数え切れないほど多いんですか!? 人間って節度がないですね!」
白い巻き毛が逆立っている。初めて本気でコトンを怒らせたかもしれない。
「いやぁ、別に、そういうわけじゃ……」
嫉妬だ。猫の嫉妬心。けっこう激しめのやつ。
落ち着かせようとぎゅうっとコトンを抱きしめる。気持ちいい。すべすべでふわふわ。
するとコトンの両脚と尻尾が、甘えるように俺の背中に巻きついた。
「僕はぜんぶアダムさんが初めてなんですけど」
拗ねてる声もすっごく可愛くて興奮する。
「だって君はまだ一歳だからね。俺はこれでも二十四年も生きているので」
そう言うと、うわあああん、とこんどは大声を上げて泣き出した。いったいどうした! 発情期って情緒も不安定になるのか!?
コトンは俺の首にしがみつき、ぐずぐずと鼻をすする。
「……僕も人間に生まれたかった。違う時間を生きるなんて嫌だ。僕だけどんどん歳をとって、おじいちゃん猫になっちゃうの? 人間だったらアダムさんと一緒に歳をとれたのに」
コトンの言葉を聞いて、以前、猫の寿命を気にしてナーバスになっていたことを思い出した。まさか自分だけじゃなくコトンも同じことを考えていたなんて――
コトンの涙の粒を指先で拭い、コトンにしてもらっていたように目元を舐めた。猫の涙も人間と同じ味がする。
「ねえ、コトン。俺は猫のコトンが大好きだよ。人間はね、もっと複雑で、生きていくのが大変なの。コトンは猫だからいつも俺のそばにいてくれるでしょ? だからコトンが猫で俺は嬉しいよ」
その白いきれいな頬を指の甲で撫でる。コトンは俺の手を掴み、感触を確かめるように強く頬に押しつけた。長い銀の睫毛が涙に濡れ、朝露のようにきらきらと光っていた。
「『コトン、コトン、こっちにおいで』」
母親の口癖を、歌うように口ずさむ。
「……僕、その呼ばれ方大好きです。これからもずっとそうやって僕を呼んで」
ようやくコトンが笑みを浮かべた。
その小さな可愛いくちびるに、何度も何度もキスを落とす。優しい春の光の中、その巻き毛が銀色に揺れる。
コトンが鳴く。溶けるように甘く、可愛い声で。
さてその後、俺たちが最後まで成功したかどうかは、みなさまの優しいご想像にお任せします。
✨Fin✨
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