coton

2/6
前へ
/36ページ
次へ
 おいおい、記憶喪失の猫ちゃん役かよ! さては役に没頭するタイプだな!? まさか天才演劇少年ってやつ!?  「君、とりあえずこの部屋から出て行きなさいね! 演劇の練習なら隣でやって! 公演頑張ってね!」  猫ちゃん役を玄関の方に向かせ、その背中を押しやろうとした。だが次の瞬間、その手応えがふっと消える。  なんと猫ちゃん役は鮮やかにバック転を決め、俺の肩に飛び乗っていた。  あまりの軽技に唖然とする。うっそ、もしやサーカス団の方だった? 「ちょっと、君! こんな狭い部屋でバック転なんてやらないで! 危ないでしょ? ほら、お兄さんから早く降りなさい」 「嫌です! 僕はアダムさんに会いに来たんです! 追い出そうとするのやめてください!」  猫ちゃん役の身体を引き離そうとするとシャツに爪を立てられた。もおお、爪くらいちゃんと切ってやりなさいよ、サーカス団長!  なかなか肩から降りようとしない猫ちゃん役と格闘していると、突然ドカドカと部屋のドアを叩かれた。  きっとサーカス団長が迎えに来てくれたんだ! ああ助かった。この子、猫役が憑依するタイプだから、周りがもっと気をつけてやらないと――  猫ちゃん役を肩に乗せたままドアの鍵を開けると、勝手にドアが勢いよく開いた。そこに現れたのは、残念ながらサーカス団の団長じゃなかった。  ウエストが悲鳴を上げている花柄のワンピース。わずらわしそうにひっつめた癖の強い赤毛。そばかすの多い丸々とした不機嫌そうな顔――お馴染みの大家のローズおばさんではないですか。  どうやら屋上で洗濯物を取り込んでいたらしく、古い洗濯カゴを片腕に抱えている。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加