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パンパンに食料品を詰め込んだ紙袋を抱え、ふたたび長い坂道を登っていく。
「あのオヤジ、僕をいやらしい目で見てましたよ。僕の身体を猥褻目的で撫で回そうとしました」
俺の首に抱きつきながらコトンがプリプリと声を荒げる。
「君ねぇ、そんな言い方しないの。おまけしてくれたんだから感謝しなくちゃ」
「たとえ飢えても身体を引き換えにするつもりはありません! 僕は無駄に発情したりしない節度ある猫なんです!」
節度ある猫ってどういうことよ、とツッコミを入れようと思った瞬間、背後から名前を呼ばれ振り向いた。
仕立てのいいスーツを着た上背のある男が、親しげな笑みを浮かべ手を振っている。黒の短髪、スポーツマン風の精悍な顔立ち――エドモンだ。大手の出版社に勤める三十五歳。遠目で見ても、エリートビジネスマンの遣り手オーラが全身からだだ漏れている。
エドモンは俺がはじめて出版社に小説の原稿を持ち込んだとき、俺の応対をしてくれた。原稿を見たエドモンは、これじゃとても出版はできない、でもユーモアのセンスはありそうだから、週刊誌にコラムでも書いてみるかと取引先の出版社に俺を紹介してくれた。
俺の観察眼が光るパリ市民を皮肉ったコラムは、パリの奥様方にまあまあ人気。それが現在メインの収入源で、暇を見つけては細々と小説の執筆を続けている。
俺はエドモンに深々と頭を下げた。はっきり言っていま生活ができているのはエドモンのおかげ。俺の恩人だ。心から感謝し、尊敬し、崇拝差し上げている。
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