BLUE PLANET ーー 選択前夜

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 選択の期限は、刻一刻と近づく。  月か地球か――火星が選択肢にない二択。  ふと、リンは思い出した。  このポッドの最外殻ロックは、外からしか閉められなかった。  閉めたのはマリアだ。  最後に見た彼女は、二〇年間不変の、自信に(あふ)れた笑みで言った。  ――大丈夫。シェルターは完璧よ。私ならここで、貴女が戻るまで籠城できる。  リンはポッド後方を眺めた。  宇宙空間から彼女を護り、運んできた、緊急帰還ポッドの内壁。  その向こうの遥か彼方。ダイモスは今頃、公転軌道のどの辺りだろうか。  火星。  ダイモスの母星。  膨大な氷を抱えた、乾燥した赤い星。  その赤い土地をさらに朱に染める、(おびただ)しい血。  戦いの神の祭壇に捧げられた、生贄達。  ――リン、マリア! キミらが行くんだ!  ――長官に会ったら、俺の分も一発殴っておいてくれ。  そうだ、ダイモスの秘密基地化を最初に思いついたのは、クリスだ。  ――バックアップは、できる時に作るに限る。  ――これが希望の終焉(しゅうえん)だなんて、私は絶対に認めない!  あの叫びから、ここまで足掻(あが)いてきた。  そして示された選択。  これが「希望の終焉」なのか。  リンは(まぶた)を閉じた。溢れた涙が、目の前で大小の玉となって周囲に漂う。  瞼の裏で、満天の星空が輝く。  かつて見上げた、至上の景色。  夢にまで見た地球の夜空。  あの星々に、リンは確かに手を伸ばした。  ――空を舞う、赤、白、青のコンフェッティ。  伸ばしたその手は、何を掴んだのか。  クリス、モーガン、マリア。  地球で顔を合わせてから約二〇年、文字通り命賭けで生き抜いた同志。  後続のクルー達。  基地の存続が人類の未来を切り拓くと信じて疑わなかった、愚か者の集団。  時間は刻々と過ぎていく。モニタの表示時刻が赤色になり、自動音声システムがカウントダウンを始める。 「軌道修正ポイント到達まで、十、九――」  ゆっくりとリンの瞼が上がる。その瞳には、何の感情も読み取れない。 「八、七、六、五――」  その視線は、目の前のモニタではなく、その向こうの地球を見ていた。  かつて、どんな星々よりも遥かに手に届く距離にあったはずの、青い惑星。 「四、三――」  グリニッジ標準時刻が〇時になる。  月基地で夜が明ける。  リンの夜明けはいつだろうか。 「――二、一、〇、ポイント到達」  リンは、エンジンの制御レバーを倒した。
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