26人が本棚に入れています
本棚に追加
リンは、耳を疑った。
応答が――あった?
「サワノ博士」
「こちら火星発緊急帰還ポッド、リン・サワノ」
幻聴ではない。リンは慌ててマイクを入れる。
「国際政府! お願い殺戮機械を止めて、輸送機を、ダイモスと火星にまだ人が」
「手短に言う。我々月政府は、貴女の受入れを決定した」
彼女の言葉を聞く様子のない、機械音声のような連絡に、リンは混乱した。
「月政府⁉ 私は地球に」
「地球ではない。応じるのは月だ」
リンの悲鳴のような叫びを、ムライがピシャリと遮る。
だが、それで黙るリンではない。
「待ってお願い。どうして地球が」
「どうやら、地球圏の現状をご存知ないようだな」
ムライの声が苛立ちを含む。一応、向こうも人間らしい。
「『ヒストリー』の通り、火星は三年前から情報を遮断されていた」
「そうか、では説明しよう」
そして紡がれた言葉に、リンは驚愕した。
「火星基地は、三年前に全滅と判断された」
国際政府は八年前に、火星探査計画の民間移管、政策としての火星探査終了を発表した。
最初の帰還船は、地球ではなく月基地が受入れた。
モーガンの船は地球に帰った。だが、到着時点で全乗員が死亡していた。
生存確認の為に無人輸送機を火星に送ったが応答はなかった。それを根拠に、火星基地の全滅が報じられた。
「政府回線途絶の時点で、貴女達は切り捨てられたのだ」
火星探査は、赤い星の氷を得ることが最終目的だった。水になれば火星の全表面を覆える量の氷を足掛かりに、太陽系の更に奥へと旅するための第一歩。これが達成できなければ、以降の有人探査は頓挫する。
彼女達は、無いものとされた。
リンは口元を手で覆った。
「私は、どうなるの」
「我々は貴女を受け入れる。約五時間後のグリニッジ標準時刻〇時、月基地の夜明け時刻、制動で月周回軌道に機体を投入してくれ」
モニタに、ムライの送った情報が映される。月の手前、線の枝分かれする点が、制動ポイントだ。
「敢えて言う。そこが最初で最後のチャンスだ。その機体の残り燃料では、あと一度しかエンジンは吹けない。失敗は、貴女の地球軌道及び月軌道からの逸脱を意味する」
「枝の三本目は?」
「制動の程度によっては、受入れるはずの無い地球に落ちる」
「地球か月か、選べと」
リンの口元に、乾いた笑みが浮かぶ。
「質問させて。月は火星を救ってくれる?」
最初のコメントを投稿しよう!