lose control

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「あーあ! 紗英ちゃんったら酷いなあ。三井さん、死んじゃったじゃない」  動けずにいた私の肩を抱くようにして、覗き込んで来た若菜は満面の笑みを浮かべている。 「でも、いっか。本当は、もうね、それが誰なのか知ってるし」  スマホを取り出した若菜は、私に見せるようにしてマイクの形のアプリを押した。  再生というボタンを押したら、震える女の声が流れる。 『私、だけじゃないの、……、うっ、もっと前から、あの女だって! っ、若菜さんの親友の紗英ってやつも漣と付き合ってたの!! 見たもん、先週二人で水族館にいたし、痛いっ、止めてえっ……、お願い、ごめんなさい、許して、もう、ううううう……』  若菜の瞳の中で震えているのは私だ。  ニッコリと笑ったその顔は、今まで何年も見てきた彼女の笑顔の中で一番優しそうに見えた。  若菜は、ゆっくりと私の額目掛けて光る何かを落としながら。 「紗英ちゃん、私ね、今一番怒ってるんだよ?」  慈愛に満ちたその顔はまるで天使のよう、薄れゆく意識の中で誰ももう語ることのできない若菜の表情を目に焼き付けた。 ――lose control――
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