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小さな火なら吹き返せば消えるし、払えば無くなる。でも、あまりに大きな怒りは部屋中を、建物を、すべてを覆ってしまう。怒る人の口から吹き出された炎に、辺り一帯は火事に見える。
小学校高学年になるにつれ、怒りっぽい人から離れるように工夫するようになった。口から溢れるのなら声と関係がある? と、一度耳栓をしたけど効果無し。もし怒っている人と向き合ってしまったら、じっとこらえるしかない。
(本当は起きていない火事をいやがるとか、気持ち悪がられる)
包囲された私は、皮膚をめくられ焼かれ、ひりひりと痛むのを両腕を抱えて落ち着くのを待つ。後遺症とまではいかなくても暫くは続く。でも痛くても、誰にも助けを求められない。
怒る人達は長くても一時間が継続限度で、吐き出す炎もじょじょに勢いがなくなっていく。怒る、という行為はよほど疲れるのが、火を撒き散らしたあと当の本人は、やせ細った枝みたいに見える。
触れない灰の雪を被りながら、鎮火していくのをぼんやり眺めて、いつも思う。
(……そんなに怒って、疲れないのかな)
大貫本部長は今日分の炎残数が切れたのか、「あとは各店長次第だからな」と言い残して、会議は終了した。
「……武田さん、大丈夫?」
火傷した指でなんとかタイピングしていた私に、斜め前に座っていた岩本さんがいつの間にか目の前に立っていた。埼玉店の店長だ。自社ブランドのシャツを清潔感ある着こなして、威圧感のない男性の先輩は、心配そうに私の顔を覗く。
「だ、大丈夫です」
「本当? きつかったでしょ、今日……」
火傷で熱いです、なんて言えない。
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