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生きていても死んでいても、出来ることはない。事実には抗えない。生きていることに賭けて現世に戻るか、死んでいると諦めてこの世界に暮らすのか。
どちらも恐ろしいことに思えた。決心が、つかない。
「もしもし、お嬢さん」
ふいに、くぐもった声がして、伊織は顔を上げた。
とんとんと襖を叩く音がする。立って行き、伊織はそっと襖を開ける。
「おっ、良かった。疲れて寝ちゃったかと」
へらりと笑ったのは、花袋だった。その後ろで高い背に埋もれかけながら背伸びして、藤村が箱を掲げる。
「やあ」
「ど、どうも」
「徳田くんが、僕のいない間に彼女の相手をしていろって」
「そうそう。そんでおじさんたちが急遽ケーキ屋に走ったわけ」
何故ケーキ屋なのかはわからないが、伊織を寂しがらせないよう試行錯誤してくれたのだろう。伊織は小さくはにかんだ。
「ありがとうございます、花袋さん、藤村さん」
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