彼女の首の傷

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「ひっ、ひぃっ……!」  小さく悲鳴を上げながら私は逃げる。  スカートが枝にひっかかってびりりと破けた。  逆光で雑木林のシルエットが浮かぶ。  おどろおどろしい真っ赤な夕陽。  少しでも光のある方へ、光のある方へと走る。  足が何度ももつれそうになる。  学校裏の雑木林は走っても走っても出口が見えない。  こんなに広かったっけ。  酸欠になりそうな頭で考える。  靴の下で枯葉が次々と乾いた音を立てる。  振り返ったらいつもの光景が戻るんじゃないか。だってあんなモノ、あまりにも非日常過ぎる。  一縷(いちる)の望みをかけて私は後ろに視線をやる。  全身がぞっ、と総毛立った。  薄暗い夜のはじまりとまったく違う、真っ黒な大きい手がぬめぬめと追ってくる。指の一本一本が木の幹より太い。  腕の先は見えない。見たくもない。目が合ったら嫌だ。  腕はありえない長さで、今もなお伸び、どこまでも迫いかけてくる。動きは滑るようになめらかで静かだ。音がない分恐ろしい。  後ろに気を取られてつまづく。   「あ」  視界に地面が迫り、顔が落ち葉に突っ込む。  上履きが脱げた。  ぜぇぜぇと息が荒い。なんとか立ち上がろうとしたけど、黒い手はこの機を逃さなかった。  ぐわぁ、と手はいっそう大きくなる。指が伸びて私は囲まれ、捕まった。 「いやぁっ! はなして!!」  ぎゅっと握られる。抵抗虚しく、あたりは完全に闇になる。悲鳴をあげようとした口が塞がれる。  黒い指の表面はじりじりと冷たい。体の芯から凍ってしまいそうだ。だんだんと感覚が麻痺する。手足に力が入らない。  このままでは、意識が。
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