彼女の首の傷

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「夢、か……」  つぶやいた時すべてを思い出した。黒い手に捕まってから、私は夢を見ていた。  思えば違和感があった。なにもかも。 「おかしいよ、こんなの」と思う自分の思考を殺した。  だってずっと幸せな時間だったから。    私の母は仕事で朝早くから家にいない。  古びたアパートに二人ぐらし。ため息だって聞こえる狭さ。  パンケーキなんて作ってくれたこともない。甘いものを食べるような余裕はない。  一人で私を育てて多忙な母。学校での事を話して心配をかけたくなかった。  私の顔は褒め称えられるほど綺麗ではないし、木村くんとは会話したこともない。皆の前でダンスを踊るなんてもってのほか。皆、どんくさい私を小馬鹿にしていた。  クラスメイトがテストで悪い点をとった時。部活でミスプレーをした時。先生から怒られた時。  「まあ、あいつよりはマシだよな」と皆がこちらをチラッと見るのだ。暴力のないいじめも存在するんだと初めて知った。  その中心にいるのが綺麗な朝倉さん。彼女は楽しい教室にふさわしくない陰気な人間がいるのが面白くなかったらしい。ことある事に私から人権を奪っては嬉しそうに笑っていた。  毎回私のそばを通る時「なんだか空気が悪いわ」と言う。私のことが目障りだと言っているも同然。  同意したクラスメイトが窓を開けるたびにクスクスと笑い声が起こった。居た堪れなくなる私は何度も席を立つ。そのたびにどこまでも笑い声がついてくる気がした。  雅は私より扱いが酷かった。いないものとして扱われていた。  霊感があるらしいと噂された彼女は「関わったら呪われる」とまで言われていた。私と違って、日本人形みたいな整った容姿をしているのに、誰からの言葉も視線も受けることがなかった。  そんな私たちは授業でペアを組む必要があるときは協力し合った。私たちはお互いに傷つけない、そんな無言の約束があった。その時だけは惨めな思いをせずに済んだ。  必要以上に(かば)ったり、始終一緒にいることはなかった。雅は孤高を貫いていた。  いや、本当は。  私は雅に近づくのが怖かった。親しくなって、同じようにいない者扱いされたらどうしようと思っていた。  存在を認めてもらえているだけ雅よりマシだ、と思わないとやっていけなかった。最低限の協力をするふりをする一方で彼女を見下していた。  その雅が、私を助けに来た。
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