彼女の首の傷

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 悲鳴をあげる。母が飛んできた。 「どうしたの美晴!」  私は声にならない。くびがくびが、と鏡を指さすと不思議そうな顔をする。 「何言ってるの。いつも通りよ。私のかわいい娘」  鏡に映る私の両肩に手を置き、にっこりと笑う。ぽんぽん、と叩いた後は「早くしないと学校遅れるわよ」と居間に去っていった。  私は(ほう)けたように立ち尽くす。  母はどうしてしまったんだろう。  目立つ大きな傷だ。  白い肌に似つかわしくない裂け目が、左耳下から鎖骨の上まで走っていた。  ぱっくりと皮膚が切れている。  痛くもなく、血も出ていない。  ひっかかりがあると、触りたくなる。かさぶたを剥がす時みたいに、危ない衝動。  爪をかけて傷口を広げてみた。赤い中に白い部分もある。きっと筋肉だ。    こんな傷があればとうに死んでいるはず。  でも私は生きているし傷はないと言われた。どういうことだろ。  頭の中に社会科見学で見た工場のケーブルを思い出す。係の人の説明を聞き流しながら、私は何本ものケーブルが一つにまとめられ、またあちこちに枝分かれして機械につながっていく様を血管のようだと思い、ぼんやり見ていた。  今もあの時と同じ。頭にもやがかかっているかのよう。  鏡の中の私は、人形のようにこちらを見つめている。  頭がぼうっとしてこれ以上物事を考えられない。  まあいいか、と私は支度をした。  何度も首の傷を触りながら階下に降りる。  シャンデリアの下、木のテーブルの上に朝食が用意されていた。  パンケーキにフルーツ盛り合わせ、あったかい具沢山の野菜スープ。ヨーグルトが添えてある。  バラが何十本も入った花瓶を置いて、「車で送るわね」と母がうつくしい声で言った。
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