6人が本棚に入れています
本棚に追加
「ごめん、寝ちゃってた……」
自分で言ってから、あれ、と思う。
どうして、月曜日であることを自分は忘れていたのだろう。電話があるまで、曜日を確認しようともしなかったのだろう。寝坊した挙句無断欠勤なんて、務めてから五年一度もやらかしたことはなかったのに。
『寝ちゃってた、って。体調悪いの?』
聡美の声に、不安そうな色が混じる。
『あんたが無断欠勤なんて、よっぽどじゃない。具合悪いなら、ちゃんと病院行きなさいよ』
「んー……ごめん、面倒くさいや。でも、チーフにはごめんなさいって伝えてくれる?ちょっと今、電話するのもしんどくて……」
『それはわかったけど……』
あのさ、と彼女がやや声を潜めて続ける。
『咲江あんた、猫でも飼い始めた?凄い猫っぽい鳴き声がするんだけど。……でもそのマンション、ペット禁止じゃなかったっけ。ていうか、あんた猫アレルギーが酷くて猫大好きなのに飼えないとか愚痴ってなかったっけ?』
その台詞を聴いた途端。私の頭の芯が、急にすーと冷えていくような感覚を覚えた。
みーちゃんは今鳴いていない。それなのに、“凄い猫の鳴き声がする”のはどうしてなのだろう。そもそも、彼女の言う通りこのマンションはペット禁止だ。少し前に下の階の住人がこっそり猫を飼っていて、大家にえらく叱られていたのを覚えているから間違いはない。
そして私は、猫アレルギー。猫に触ると、くしゃみと鼻水が止まらなくなる体質。子どもの頃からそうなのでこれもまず間違ってはいない。それなのに何故、私はみーちゃんといても平気なのだろうか。
というか。
私は一体、どうやってみーちゃんと出逢って、どういう経緯で彼女を飼うことを決めたのだったか。
――あ、あれ?あ、れ?
何かが、おかしい。肝心なところの記憶が、綺麗に抜け落ちている気がする。
というか、そもそも一昨日には、みーちゃんは私の掌に乗るくらいのサイズの子猫であったはずだ。それが、今では猫どころか犬のゴールデンレトリーバーを超える大きさになっている。そんな短期間に成長することなどあるのだろうか。というか、猫がそんなに大きくなるものなのだろうか。
――そ、うだ。私、猫を飼っちゃいけない体質で、飼っていい場所でもなくて。それなのになんで、私みーちゃんを飼って?
そもそも、家にペットフードがなかったのは。
切らしていたからではなくて、そもそもペットを飼っていなかったから、なのでは。
――待って。ねえ、待って?私……私一体、“ナニ”を飼って……?
「だああああう」
低く、地鳴りにも似た鳴き声。
私の頭上に、大きく被る影。
「あ……」
私は恐る恐る後ろを振り返った。そこで私を待っていたみーちゃんは、部屋の天井に頭をくっつけて笑っている。
鋭い牙がずらずらと並んだ口を、三日月型に大きく開けて。
「ひっ」
次の瞬間、絶叫は。彼女の巨大な口の中に、飲み込まれていったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!