神様はいませんでした

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 あんたが最後に自殺しようとしたんは、つい昨日んことでした。あんたの家に行くのがもうすこし遅かったら、もう二度と言葉を交すことができんかったかもしれません。ちょうど去年の自殺が未遂に終わってからあんたは「どうせ死ぬなら、好きなことをしてみよう」といって小説を書き始めていたけんど、小説はまだあんたの生きる意味になっていなかったんだね。  私はあんたに、死にたい理由を尋ねたことがありました。 「私は私が嫌いだから、自分を殺してしまわなければならないって思う」  上から目線みたいになってしまうけんど、私はその言葉を聞いたとき、自分ならわかってあげられるかもしれないと思ったんよ。私も、自分を好きになれなかった時期がたしかに存在していたんです。  電車を降りると駅のホームに紅葉が一枚あって、人の影が落ちるたび、生理の血みたいになるんでした。ふと私は、人が自分を嫌いになるということを思いだしました。自分を好きになれない原因を考えることは簡単じゃなくて、その思考自体が自分を苦しめる可能性もあるんです。私の好きなあんたを嫌うあんたを、私はたしかに助けたかったんよ。  生きている意味がないといつもあんたは口にしていたけんど、意味を持って生まれてくる子どもは王族か古くから家業が続くうちの息子くらいなんです。そもそも人間に生きている意味を持たせること自体おこがましいことだと思うんよ。だって、人間というのはただ生態系のバランスに上手くはまっているだけで、自分らが考えるような意味なんて本当はないんです。だから意味がほしかったら、自分のなかにぐっと押し留めて、一日を生き延びるための言い訳を作り続けるべきなんよ。  たとえば部屋の埃で曇った鏡とか、先にチークの粉の残ったブラシとか、コンタクトの抜け殻とか、血の付いたナプキンにじぶんらしさみたいなものを感じて死にたくなるんよね。そういう細かいものに意味を持たせる必要はない。私はもっと早くあんたにそう言ってやればよかったといま思いました。
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