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『……次のニュースです。新型ウイルスの今日の感染者は、全国で四千人を超えました。また、感染者による事件が多発し、政府は自衛隊を……』  私はテーブルにあったリモコンを手に取ると、テレビを消した。今日もまた感染者が増えている。最近、テレビもラジオもインターネットもこの手の話題ばかりだ。一日当たりの感染者が過去最高を更新しただの、感染者がどこそこで事件を起こしただのもううんざりだ。  去年の今頃から流行り出した新型ウイルスはたった一年で日本全国に蔓延した。  なんでも感染すると、獣のように人を襲うようになるらしい。去年は感染者による事件がよく新聞やテレビを賑わせた。  政府は感染抑制のため、手洗いうがい、マスクの着用、そして不要不急の外出を控えるようにと広報している。  だから私も我慢している。本当なら三ヶ月に一度、友達と映画やショッピングに出かけるが、今年は一度も会ってない。  遊びに行きたいのは山々だけど、それで感染してしまい家族に迷惑をかけるのも申し訳ない。  私が感染すると、一緒に住む家族は「濃厚接触者」として一時的に行動を制限される。もちろん仕事や学校は強制的に休まされてしまう。私の軽率な行動で家族にそんな迷惑はかけられない。  だから私は買い物など、必要最低限の外出しかしないように気をつけているのだ。それでも不安要素は取り除けない。新型ウイルスは、感染するとみんながみんな発病するわけではない。感染者本人は無症状まま家族や友達、同僚にうつしてしまうこともある。  今や外の世界に出かけるというのは戦場を駆け抜けるのと同義になっているのだ。  それなのに今年大学生になった妹ときたら、やれ友達と遊びに行くだの、やれバイト仲間と飲み会だのと、毎週のように出歩いている。目にあまる行動だ。  しかし、それを私が注意するとすぐ不機嫌な顔になって、「誘われたんだから仕方ないでしょ!」「行きたくないけど断れないから!」と逆ギレしてくる。  嫌々な割には楽しそうに帰ってくるくせに。言い訳だってことバレバレなんだけど。  今日だってそうだ。友達と遊びに出かけたっきり帰ってこない。  日は落ちて外は真っ暗になっている。たぶん、夕食も食べてくるのだろう。  他人との会食は感染のリスクが高いというのに妹の行動は軽率すぎる。私はこんなにも我慢しているのに許せない。私の中にもやもやとした感情が渦巻いた。  帰ってきたら今日こそビシッと言ってやろう。「感染したら、あんただけの問題じゃなくなる。もっと行動を慎みなさい」と。  玄関のほうから音がした。ちょうど妹が帰ってきたのだろう。  私がリビングから顔を出すと、上り框に妹が腰掛けて靴を脱いでいた。 「おかえり」 「ただいま。お姉ちゃん」 「新型ウイルスが流行ってるのに、また出かけてきたの?」  私がそう言うと妹は眉を顰め不機嫌な顔つきになった。 「うるさいな。別にお姉ちゃんに迷惑かけてないでしょ! それにちゃんとマスクしてるしいいの!」  靴を脱いだ妹はそのままリビングへ行こうとする。私は彼女の腕を掴んで引き留めた。 「話はまだ終わってないでしょ! もしあんたが感染したら、家族全員が濃厚接触者になるんだよ? 私だけじゃなくお父さんやお母さんまで迷惑をかけることになる。それに感染したことがバレたらご近所からなんて言われるか……」 「あー! いちいちうるさいな! 自分が遊びに行けないからって私に八つ当たりしないでよね。お姉ちゃんは好きで遊びに行かないんでしょ。私は別にいいもん、もし感染しても自己責任だし放っておいて!」  妹は乱暴に手を振り払った。その反省もない態度についに私の堪忍袋の緒が切れた。 「いい加減にしなさい!」  私は妹の肩を掴んで振り返らせると、彼女の喉笛に噛み付いた。  妹があげた「きゃ!」という悲鳴が空気の抜ける音に変わっていく。 「いつもいつも私ばっかり我慢して、あんたは好き放題しているのが、前から気に食わなかった! なんで私ばっかり? お姉ちゃんだから? そんなの好きで姉になったんじゃない!」  気がつくと足下に血塗れの妹が倒れていた。コポコポと溺れたような音を立てながら弱々しく呼吸をしている。  私はそれを冷ややかな目で見つめていた。ふと、顔を上げると靴箱の上の鏡がバケモノを写し出していた。  目は白く濁り、血塗られた口は耳まで裂け、まるでパペット人形のようだ。私の姿は獣のように醜く変貌していた。そうか私は……。 「何騒いでるの?」  台所のほうで母の声がした。  私は血に染まった口もとを袖で拭うと何事もなかったように答えた。 「別に。今、そっち行く」
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