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ある昼下がりのこと。
様々な町や村を救っていた一人の若い勇者は、ある森にたどり着いた。
木漏れ日の差す、静かでのどかな森にほっとひと息。
そろそろ勇者稼業にも疲れてきた。
自分には可愛い妻も幼い子供もいる、もう少し落ち着いた仕事に就こう。今日はここで少し、のんびり将来のことでも…
そう思っていたその時、自分がいる場所より少し森の奥の方に、こちらを背にしている先客が見えた。
薄い霧を身にまとい、身に付けているのは漆黒のマント、漆黒のグローブ、漆黒の……
「魔王じゃないかぁっ!!」
彼は思わず叫んだ。
この辺りの魔物を統べている一族の長。
知れ渡っていたその姿はまさしくそれだった。
勇者の声に、その見えていた後ろ姿はこちらを振り返る。
「俺のこと、呼んだ?」
その低音ボイスののんびりとした口調に、 彼は思わず拍子抜けした。
勇者の彼は思わず立ち尽くし、先に動いたのは魔王の方だった。
「あ。」
そう言ったかと思うと、魔王はすぐさま勇者に近付いてくる。
…気を引き締めなければ。自分はまだ転職をしていない、勇者…
彼は剣を抜こうと身構えた。
「あのさ、あんた。」
魔王は先ほどと変わらないのんびり口調でこちらに話し掛けてくる。
「な、なんだよっ!?」
勇者はまだ警戒をしたまま応える。
魔王の手に、ボンヤリと霧が立ち込めはじめた。
「!!」
何かをする気だ、そう思った彼は、久しく使わなかった護りの呪文を唱えるため、急いで思考を巡らせる。
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