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「たぶんさ、オレ、ロボットなんだ」
情けない声でそう呟くと、目の端から赤いランドセルが消え、代わりに大きな向日葵が現れる。
「何バカなこと言ってんの?」
向日葵柄のTシャツを着たナツが、カラカラと笑う。
「ヒロトがロボットなんて、そんなこと、あるわけないでしょ? もしそうならとっくに気付いてるって。産まれた時から隣に住んでるんだから」
「でもさ…」
足元の草に目を落とし、オレは声を絞り出す。
「ナツ、いつも言うじゃん。オレのこと、人の気持ちが分からないとか、鈍感すぎる、とかさ。ムカつくけど、確かにオレ、ナツの気持ちなんて全然分からないし、いつも怒らせてばっかだし。だからさ、オレ、思ったんだよ。それってオレがロボットだからじゃないかって。それにさ…」
超特大のため息が、頭の上に降る。
「あのさあ、忘れたの? ヒロトの昨日の算数のテスト。37点でしょ、37点! 計算出来ないロボットなんて、いる? ロボットだったらそんなにポンコツなはずないと思うんだけど。まあ、サッカーしてるとこはちょっとかっこいいけどさ」
「だからきっと、不良品なんだよ、オレ」
「はあ?」
呆れた声に、オレは更に頭を低くする。
「不良品のロボットなんだ、オレ。時々バグが起こる」
「バグ?」
「機械とかがおかしくなるってこと。兄ちゃんが言ってた。オレもきっと、どっか一つ部品が外れてるんだ」
「何それ? どこか悪いってこと?」
ナツの声が急に低くなる。オレは、今までずっと黙っていたことを、勇気を出してナツに打ち明ける。
「時々、あるんだ。心臓がさ、急にバクバクしたり、身体中が燃えそうに熱くなったり、うまく息が吸えなくなったりすることが…」
「ヒロト、まさかそれってさ、誰かのことが好…」
「今も、そうなんだ」
「…え?」
「ナツといる時、オレ、よくこんな風になるんだ。心臓がめちゃくちゃ早くなって、自分が自分じゃなくなるみたいな。こうするとさ、もっと…」
目の前にあるナツの手を、オレは昔みたいにぎゅっと掴む。
「…ほら。おかしいんだよな、オレ。ロボットだとしたらさ、どこに行ったら直してもらえんのかな?」
顔を上げると、ナツが下を向いたまま固まっていた。
「あれ? ナツ?」
ナツは、オレが握った手を勢いよく引っ込める。
「違うから!」
すぐ目の前にいるのに、大きな道路のあっち側とこっち側で話してるみたいに、馬鹿でかい声でナツは叫ぶ。
「私は…絶対に違うから!」
真っ赤な顔でオレを睨むと、ナツは急に走り出す。
「おい、ナツ! 何が違うんだよ!」
追いかけるが、赤いランドセルはあっという間に見えなくなった。
「何だよ、あいつ。人がせっかく勇気を出して打ち明けたのに、なんであいつが怒ってんだよ。…ん?」
ついさっきのナツの姿を思い出す。赤い顔。震える肩。握りしめた拳。
「もしかして、ナツ…」
5秒後、オレのポンコツの頭脳が答えを導き出した。
「なんだ…」
息を吐き、草の上に大の字に寝転がる。
そっか。
あいつも、バグを起こしてたんだな。
「オレだけじゃ、なかったんだ…」
目の前に広がる真っ青な空に、オレは手を伸ばす。
この空の下に、人間のフリをしたロボットは、まだまだあるのかもしれない。
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