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「『命をいただく』……?」
「そうじゃ」
老婆の話によると、雪乃に与えられた期間はちょうど前世で死んだときと同じ年齢だった、この春から次の春まで。なぜ急に前世の記憶が戻ったのか、不思議に思っていたが、原因はこの「期間」とやらだったようだ。
次の春までに時雨と結ばれることができなければ、雪乃は「生まれ変わっても浅葱に会いたい」という願いを聞き入れてもらった代価として、自分の命を差し出さなければならないのだという。
「そんな……次の春まで、なんて」
にわかに信じられない話だが、雪乃には前世の記憶が確かにあるし、この老婆は誰にも教えていない雪乃の過去を知っていた。とても嘘だと笑い飛ばせるような話ではない。
「左胸の上に小さなあざができておるはずじゃ。それが消えれば助かるが、消えなければ命はもらう」
「左胸の上って……確かにあるけど、どうしてそれを……」
「それが呪いの印じゃからな。もちろん信じるか、信じないかはあんたの自由さ。だが、忘れちゃいけないよ。次の春までに、あの男と結ばれなければ、あんたの命はそこで終わりじゃ」
その言葉に目を見開いた雪乃は、老婆に「ほかに助かる方法は⁈」と詰め寄った。
「あるといえば、ある」
「それって、どういう方法⁈」
老婆はにやりと嫌な笑みを浮かべて、雪乃を見つめ返す。そして、懐からおもむろにぼろぼろの布に包んだ何かを取り出した。よく見ると、それは短剣だった。黒い柄には何か絵が描かれていたが、かなり古いものなのか、ところどころ線が途切れていて何だか分からない。
「これは、何……?」
「呪術を施してある短剣じゃよ」
「呪術……?」
そう言われてもぴんとこないほど、その短剣はなんの変哲もない剣のように見えた。だが、老婆がその短剣をすっと鞘から抜くと、黒い禍々しい靄が剣の周りに纏っているのが見え、雪乃は思わず後ずさった。
「な、何なの、それ!」
「だから、呪術を施してある剣だと言ったじゃろう?」
「それが、わたしが助かる方法と何の関係がある──」
と、そこまで言いかけて雪乃は目を大きく見開いた。
「まさか……」
「おお、勘がええ娘じゃなぁ。この使い方に、検討がついたかね」
老婆はそう言って剣を鞘に収め、にやりといやらしい笑みを浮かべた。
「この短剣で、あの男を殺せばおまえさんの命は助かる。じゃが、これで一度刺せばもう輪廻転生ができなくなる呪いがかけられておる。つまり、この剣さえ使えば、おまえさんの命は助かるが、今後あの男と出会うことは叶わなくなるというわけじゃ」
「そんなこと、できるわけないじゃない!」
「なら、お前の命は次の春で終わりじゃ」
告げられた言葉に、雪乃は息を飲んだ。老婆の話だと、雪乃が助かる方法は二つしかない。一つは時雨に好きになってもらう方法、もう一つはこの短剣で時雨を殺してしまう方法。
(そんなの、答えは一つしかないじゃない……)
手のひらをぎゅっと握りしめて、奥歯を噛み締める。自分が助かるために時雨を殺すなど、そんなことできるわけがない。
「……ようは、あの人に好きになってもらえばいい話よね」
「ほお、それができる自信がおまえさんにはあるのかい?」
物珍しいものでも見るかのような目で、雪乃を見つめる老婆。
「やるわ。それしか方法はないんだから」
雪乃の決意に老婆はくくく、とおもしろそうに笑った。
「どうなるか見ものじゃなぁ。……この短剣はおまえさんに預けておく」
老婆はぐいっと雪乃の腕を掴み、短剣を手にしっかりと握らせた。剣は思ったよりもずっしりとしていて重い。だが、はっとした雪乃は「いらないわ、こんなもの!」と慌てて、それを突き返す。
すると、老婆に着物を引っ張られた。耳元に口を寄せた老婆は、「これは、もうすでにおまえさんのもんじゃ」と囁いた。
「もしも気が変わったら、あの男をこの剣で殺すのじゃ。おまえさん自身の幸せのために、な」
地を這うような低い声に、びくりと体が震えた。そして、次の瞬間。老婆が雪乃から離れたかと思うと、その姿は煙のように消えてしまった。驚いた雪乃が周囲を見渡してみたものの、もう誰もいない。
「なんだったの、一体……」
信じられないような怪奇な出来事に、自分は夢でも見ているのだろうかと思ってしまう。けれど、手元を見ればそこにはあの老婆に渡された短剣がある。ずしりとした剣の重みが、これは現実なのだと雪乃に突きつけているようだった。
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