ひまわりの愛しさ

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父親からの頼みを聞き入れたあと、浅葱は早速桜を探すために村中を探し回った。村一番のじゃじゃ馬娘は大人しく屋敷で裁縫や料理をするよりも、子どもたちと村を駆け回り、遊んでいることの方が多い。 そう思って村内を歩き探していると、見つけた幼馴染は桜の下で散りゆく花びらを眺めているようだった。 「……こんなところにいたのか」 近くまで足を進めれば、気配に気づいたのか、振り向く桜。 「浅葱、どうしたの?」 首を傾げながら、そう尋ねる桜を横目に浅葱は返事は返さぬまま、彼女と同じように長椅子に腰掛けた。 見上げれば、雪のように舞い散る桜。彼女の同じ名前のその花は、いつだって美しく、見るものの心を捉えて離さない。 「嫁ぎ先が決まったみたいですね」 浅葱は彼女の方は見ず、桜の花を見つめたまま、なんでもないことのようにそう言った。視界の端で、彼女の体がびくりと震えるのが見える。けれど、それすら気づかないふりをして、浅葱は淡々と言葉を継いだ。 「おめでとうございます」 そう言って桜を見ると、唇をぎゅっと噛み締め、今にも泣きそうな表情とかち合った。泣きたいのを我慢しているときの、彼女の顔だ。 「……おめでとうって言われても。わたしは全然嬉しくないわ」 うつむく顔。長い髪に桜が舞い落ちて、それが彼女の艶やかな髪を彩っていく。 「会ったこともない人と結婚なんて、絶対嫌」 芯の強い声で、はっきりとそう言った桜。けれど、その体は小さく震えていて強がっているのが丸分かりだった。 きっと心の中では、結婚を拒否することなど無理だということを理解しているのだろう。聡い彼女のことだ。断れば、自分が、両親が、一族がどうなるかなんてことは分かっているはず。それでも、頑なに結婚を嫌がるのは──。 浅葱はそこまで考えて、小さく自嘲的な笑みを溢した。 「……浅葱は、浅葱は嫌じゃないの?わたしがいなくなって、寂しくないの?」 すがるような目に、胸が締め付けられる。その瞳の奥に隠された想いに、浅葱はとうの昔から気づいていた。 育った村に年の近い子どもは、桜しかいなかった。幼い頃からよく遊び、共に行動するようになったのも当然のことだった。 屋敷の中で遊ぶよりも、外遊びが好き。好奇心旺盛で、「入るな」と大人たちに言いつけられていた森の中に入る桜を浅葱が咎めたのは一度や二度ではない。そのくせ迷子になるとよく泣いては、自分の着物の端を掴んでくる。浅葱の中では、桜は大切な、守るべき存在だった。 「あなたみたいなじゃじゃ馬には、もったいない嫁ぎ先ですよ。よかったじゃないですか。これであなたのお守りから解放されると思ったら、せいせいします」 冷静に、淡々とそう告げた浅葱の言葉に、桜の表情はみるみる歪んでいく。その瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。 「……な、によ。その言い方……」 ぽつりと呟いた一言が、やけに大きく聞こえた。両手をぎゅっと握りしめた浅葱。 「あっ、そう!もう結婚でも、なんでもしてやるわよ……!わたしだって……、わたしだって浅葱と離れられてせいせいするんだから……!」 「じゃあね!」と大声を上げて、その場から立ち去っていく桜。長い髪を風に靡かせながら去っていくその背中を、何度抱きしめたいと思ったか分からない。けれど、その手はついに伸ばすことが出来ず、ただ浅葱はその場に一人立ち尽くすことしかできなかった。 「……仕方、ないじゃないですか」 自分に言い聞かせるように呟いた浅葱の言葉は、散りゆく桜とともに消えていった。
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